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「安倍一強」が終焉 遠心化する政権

牧原出 東京大学先端科学技術研究センター教授(政治学・行政学)

首相官邸に入る安倍晋三首相=2018年10月10日首相官邸に入る安倍晋三首相=2018年10月10日

漂い始めた終わりの雰囲気

 安倍晋三首相は自民党総裁選挙のさなか、「私にとって4回目であると同時に、最後の総裁選となる」と述べた。総裁選3選を受け、文字どおり終焉(しゅうえん)に向けてスタートした安倍政権だが、早くも終わりが近づいたかのような雰囲気が漂い始めている。

 9月20日の総裁選で安倍晋三首相は地方票で圧勝できず、石破茂・元幹事長が安倍後継の有力候補となった。この地方での支持の薄さをそのまま反映するかのように、9月30日の沖縄県知事選挙では、政権が強力に肩入れした前宜野湾市長の佐喜真淳候補が翁長雄志・前知事の後継となった玉城デニー候補に8万票の差をつけられて惨敗した。公明党もまた与党候補の当選を目指し、積極的に運動したにもかかわらず、敗北したのである。

政権浮揚効果がなかった内閣改造

 10月2日に成立した第4次安倍改造内閣では、官房長官、財務相、経済財政政策担当相などの中核閣僚は留任。12人の新人閣僚は過去の発言や行動が、すでに厳しく問われ始めており、臨時国会でその資質が問われることはほぼ確実である。各種の世論調査でも内閣支持率は横ばいまたは微減であり、改造による政権浮揚効果はなかった。

 通常の閣僚人事においては、政権の意向を反映させた抜擢(ばってき)が見られるものだが、今回の改造人事では、石破派から若手の山下貴司議員を法相に抜擢する人事をのぞいて、ほぼ派閥の意向に沿った均衡人事であった。党人事では、甘利明・選挙対策委員長、稲田朋美・筆頭副幹事長、下村博文・憲法改正推進本部長などに安倍首相の側近を起用したが、甘利・選対本部長の人事は、総務会長を望んだ安倍首相の意向に沿った人事とまでは言えない。

 地方での思いの他の不人気を背景に、議員と派閥に不満を出さないよう配慮せざるを得ず、党に対する官邸の優位は消えつつある。かつての安倍政権は、政府と党が一体となるチームとして、野党に対峙(たいじ)した。だが、石破氏の陣営を徹底的にたたき、双方にしこりを残す総裁選を経て、首相を支持した派閥の間にもポストをめぐる競争が生じ、相互不信が残っている。来たるべき国政選挙の敗北を避けるために結束するという雰囲気がないまま、改造内閣は滑りだそうとしている。

結集する核のない政権

 そこから浮かぶのは、「安倍一強」の終焉である。党では派閥の多元化が進む。政権内部では、内閣人事局による各省の人事統制は変わらず、官邸主導は続く。ただし、こちらも過去の政権のように、来年度に向けた「斬新」な政策アイディアを各省に提出させ、予算をつける過程で政府全体を統合するというものではない。

 首相は、総裁選の間、憲法改正を次期政権の課題と繰り返した言明した。これは自民党内を引き締める狙いがあるが、特に9条改正は、公明党との決定的な亀裂を招くであろうし、与党の分断によって内閣支持率が低下する気配もある。

 そもそも、憲法改正は各省に新規の政策形成を強いるものではなく、政府内を結集させる効果はない。つまりこの争点は、自民党支持層を固めはするであろうが、そこから広く支持層を広げる効果を持つとは考えにくい。

 こうしてみると、党にも政権内にも、結集する核がないまま、政権が発足した。しかも、今回の自民党総裁選で3選を果たした安倍首相は、党則上3選までとされていることから、3年後には安倍内閣の時代は終わる。

初閣議を終え、記念撮影に臨む第4次安倍改造内閣の閣僚ら=2018年10月2日初閣議を終え、記念撮影に臨む第4次安倍改造内閣の閣僚ら=2018年10月2日

回り始めた政権交代へのサイクル

 安倍後をにらむ政局の入り口の段階で、すでに「安倍一強」が終焉したとすると、今後3年間の政権は抵抗、離反、裏切りに悩まされるであろうことはほぼ確実である。それは、政権交代後の長期政権が終焉へと向かう過程であり、政権交代のサイクルがまた新しい局面へと回り始めたことを意味する。

 かつての自民党中心の政権は、2007年参院選の敗北後、ひたすら野党に押し込まれた。しかも、その参院選前の「消えた年金」問題に始まる社会保険庁の不祥事は、政権を失うまでその足かせとなった。民主党政権の場合は、2010年の参院選の敗北にくわえ、東日本大震災への対応をめぐる混乱が、政権への信頼を失墜させた。

 確かに現政権はいまのところ、これらに匹敵するほどの大失敗を抱え込んではいない。だが、5年半を超える政権運営の過程で蓄積された問題群から、何が浮上するかは分からない。

 大規模自然災害はいつ発生してもおかしくはない。くわえて、世界経済の先行きが不透明になるなか、アベノミクスに決定的な問題が生じる可能性もある。政権がひとつでも対応を誤れば支持率は急落し、別の内閣を求める動きが出てもおかしくはない。そんな危うい局面に入りつつある。

 他方、この政権の終焉の瞬間を見通せば、現在の野党の分断状況から、3年後に現在の自民党に対抗しうるだけの政権担当能力を備えた野党が出現するは考えにくい。むしろ、自民党内で安倍首相に代わる後継総裁が誕生することを想定する方が、現段階では現実的である。

基本的な方向は政権からの遠心化

 そのときに今回の総裁選の安倍首相のように、議員票を多数確保できても、地方票での支持が弱い候補は適格性に乏しいと見なされるであろう。確かに2012年の総裁選で、安倍は石破に地方票で大きく水をあけられた。だが、続く衆議院選挙において、党が一丸となって政権奪還を目指し、選挙で圧勝することで、安倍首相は信任を得たのである。

 他方、2001年の総裁選では、地方票で小泉純一郎に圧倒された橋本龍太郎元首相が撤退を余儀なくされた。同じ与党の枠組みで政権を継承する場合には、国民からの支持を反映した地方票の動向は重要である。それでも、安倍首相が一応の信任を得たとみなされているのは、現職の首相として5年半の実績があるからである。

 だが、森友・加計学園問題で国民からの信頼を失いかけた安倍首相が、これから3年間で信頼を取り戻さない限り、後継を目指す政治家の多くは、安倍首相と官邸から距離を置くであろう。3年後の総裁選挙へのスケジュールの中で、自民党内では、安倍首相と官邸が次第に孤立化する可能性すらあるのである。

 沖縄県知事選挙での与党候補の惨敗や、首相に近い杉田水脈議員のLGBT発言による批判の高まりから生じた『新潮45』の休刊から伺える、世論のなかで始まりつつある政権からの遠心化こそが、今後3年間の基本的な方向性となる。

沖縄県知事選で自民党と公明党が推す候補を破り、当選を決めた玉城デニー氏(中央)=2018年9月30日沖縄県知事選で自民党と公明党が推す候補を破り、当選を決めた玉城デニー氏(中央)=2018年9月30日

まずは外交でアピール。引き締めも

 だからこそ、政権と官邸は、まずはこれまでの豊富な経験の上に立てる外交で成果を上げようと必死になるであろう。このところ英字新聞に安倍首相のインタビュー記事が掲載されるなど、英語での情報発信に力を入れ始めたようである。中間選挙後の日米関係、日露関係、日中関係、北朝鮮問題など、日本の外交課題は実に多い。そこで成果を上げ、世界のリーダーとして安倍首相の実績を作ることで、安倍首相以外に首相はいないとアピールするであろう。それはまた、やはり歴史を作ろうとするリーダーにとって当然の選択であろう。

 同時に、国内で遠心力が働き続けるとすれば、政権は万難を排して引き締めに入ろうとするのではないか。良識ある国民ならば、眉をひそめるような無理筋の国会審議、法解釈を曲げてでも支持層に利益配分を行ったり、なりふり構わず反対派に報復したりということも考えられる。政権の終末時、断末魔の叫びのように。

 だが、それは国家の私物化に他ならない。すでに官邸は安倍首相への忠誠の厚い政治家・官僚で占められている。本来は、官邸のごく中枢、とりわけ首相秘書官や内閣官房副長官、首相補佐官を別にすれば、そこで勤務する官僚は、首相ではなく国家への忠誠が要件であった。仮に、首相と周辺が無理筋の引き締めを行い、国家を私物化するような態度に出るならば、これに逆らわずとも距離を置くことこそ、あるべき振る舞いである。実際には、そうした中枢についていけず、面従腹背をとって距離を置くのではないだろうか。

 もちろん、そうならないこと、極端にまで走らないことを望みたい。あるいは政策が思いの外に順調な成果を出し、内閣支持率が高止まりすれば、余裕のある政権の終わりを迎えることもないではないであろう。

終焉へのプロセスで大切なこと

 いずれにせよ、首相と官邸はある一時期、国民の支持を得て政権を組織しているに過ぎず、その受け皿こそが国家という制度であることは、今一度確認すべきである。

 ある政権が終焉を迎えるプロセスでは、

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