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内部から批判続々 トランプ政権の危うい実態

それでも共和党支持者はメディアよりもトランプ氏を支持

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

ホワイトハウスで記者からの質問に答えるトランプ米大統領=2018年10月17日ホワイトハウスで記者からの質問に答えるトランプ米大統領=2018年10月17日

深刻な二つのトランプ批判

 トランプ米大統領は10月14日放送の米CBSのインタビューで、マティス米国防長官の交代について「可能性はある」としたうえで、「彼は(野党の)民主党員みたいだ」と不満も述べた。

 トランプ氏とマティス氏の不仲説はワシントン政界で以前より流れていたが、決定的な亀裂を印象づけたのがトランプ米政権の内幕本『FEAR(恐怖)』である。米紙ワシントン・ポストの名物記者ボブ・ウッドワード氏が執筆し、9月に発売された。ウッドワード氏の徹底取材のもと、北朝鮮への先制攻撃計画の策定やシリアのアサド大統領の暗殺指示など、即興的、感情的に自身の意見を主張するトランプ氏に対し、理論派で同盟重視派のマティス氏が憤りを見せる場面が描かれている。

 さらに内幕本の内容が明るみに出たほぼ同じ頃、トランプ政権の幹部が米紙ニューヨーク・タイムズに匿名で論評を投稿し、トランプ氏に対して政権幹部が抱く危機感を伝えた。政権内部からの二つの深刻な批判をもとに、トランプ氏主導の国家安全保障政策が危うい綱渡りを続けている実態を明らかにしたい。

真剣に検討されていた北朝鮮への先制攻撃

ボブ・ウッドワード氏の近著「FEAR(恐怖)」は販売直後から反響を呼んだ

 ボブ・ウッドワード氏は、ニクソン元大統領を辞任に追い込む「ウォーターゲート事件」を暴いたベテラン記者として知られている。ほかの歴代大統領についても『ブッシュの戦争』(日本経済新聞出版社)、『オバマの戦争』(同)などの内幕本があり、関係者への綿密な取材ぶりからウッドワード氏に対するワシントン政界の信頼性は極めて高い。

 ウッドワード氏は「ディープ・バックグラウンド」という取材手法を用いている。これは、誰が取材に応じて話したかという点は取材源の秘匿のために明らかにしないかわり、話された事実関係については書いて良いというものである。ウッドワード氏は今回、関係者たちから数百時間のインタビューを行い、そのほとんどを録音して保存しているという。

 そのウッドワード氏の近著『FEAR』は、米朝間で一触即発の緊張が高まった昨年、秘かに政権内で北朝鮮への先制攻撃計画が練られたことを明らかにしている。(太字部が『FEAR』の要約部分)

 トランプ氏は就任1カ月後の2017年2月、米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長に対し、北朝鮮への先制攻撃計画をつくるよう指示をした。ダンフォード氏が当時、共和党の重鎮グラム上院議員に体を震わせながら打ち明けたという。
 同年10月には、北朝鮮と地形が似ている米ミズーリ州のオザーク高原で、爆撃機を使った空爆のシミュレーションが行われた。訓練では同年4月にアフガニスタンで過激派組織「イスラム国」(IS)の地下施設を破壊するために投下された大型爆弾も使われたという。米ホワイトハウス内では、マクマスター大統領補佐官(当時)が強硬派であり、「もし大統領が(北朝鮮を)攻撃するならば、北朝鮮が核ミサイル兵器の技術を向上させる前が良い」と主張していたという。

 『FEAR』には具体的な作戦名は記載されていないが、政権内で検討されていた先制攻撃計画は「鼻血(Bloody Nose)作戦」と呼ばれていた。当時の報道によれば、ビクター・チャ元米国家安全保障会議(NSC)アジア部長が次期駐韓大使に選ばれていたが、「鼻血作戦」に反対の意向をホワイトハウス側に伝えたため、18年1月に入って人事案は突然白紙となった経緯もある。

 筆者がのちにチャ氏にインタビューしたところ、チャ氏は米政府当局者に「非公式」に攻撃反対の考えを伝えたことを認めたうえで、北朝鮮への先制攻撃は「数百万人の日本人、韓国人に加え、数十万人の米国人の命を危険にさらす恐れがある。非常に危険だ」と警鐘を鳴らした。チャ氏が自身の人事が白紙になるリスクを冒してまで反対の意思を伝えなければいけないほど、ホワイトハウス内ではトランプ氏が指示した先制攻撃計画は真剣に検討されていたと言える。

ビクター・チャ元国家安全保障会議アジア部長=2018年4月21日、ワシントンビクター・チャ元国家安全保障会議アジア部長=2018年4月21日、ワシントン

在韓米軍駐留に疑問を抱くトランプ氏

 『FEAR』ではまた、大統領選中に在韓米軍の撤退を示唆したトランプ氏が、就任後も在韓米軍を「無駄なコスト」ととらえ、米軍の前方展開という基本戦略そのものに疑問を呈する姿も描かれている。

 18年1月、ホワイトハウスの地下シチュエーションルーム(危機管理室)で国家安全保障会議(NSC)が開かれた。そこでトランプ氏は「朝鮮半島に大規模な軍隊を維持して我々は何を得られるのだ」「台湾を守ることで何を得られるのだ」と疑問を呈した。これに対し、マティス国防長官は「我々は第3次世界大戦を防ぐためにこれをやっているのです」と答えた。ところが、トランプ氏は納得しない。「我々は韓国や中国の貿易で巨額のカネを失っているじゃないか。むしろ自分の国のためにカネを使う方が良い」。トランプ氏の退室後、マティス氏は自身に近い人物にトランプ氏の振る舞いと理解力は「小学5、6年生並みだ」と憤った。

 トランプ氏は近く行われる2回目の米朝首脳会談で、北朝鮮の要求する朝鮮戦争の終戦宣言に応じるという公算が米政府関係者の間で強まっている。終戦宣言は政治的な宣言に過ぎないが、北朝鮮には在韓米軍駐留の根拠を揺るがせ、将来的には朝鮮半島から米軍を撤退させるという思惑があるとみられる。

 一方、『FEAR』で明らかになったように、実はトランプ氏は現在もコスト面から在韓米軍駐留に疑問を持ち続けており、将来的な在韓米軍の撤退については正恩氏の思惑と一致するという点は注意が必要だ。

即興的、感情的な決断を繰り返す

 『FEAR』ではまた、トランプ氏が即興的、感情的にリスクの高い軍事作戦を命令する場面が描かれている。

 17年4月、トランプ氏が国防総省にいたマティス氏に電話をかけてきた。シリアの反体制派が支配する地域でアサド政権軍によるとみられる化学兵器攻撃で、子どもを含む100人以上が死亡した。
 「あいつ(アサド大統領)をぶち殺そう! やるぞ。あいつらをたくさんぶち殺そう!」
 興奮した口調のトランプ氏に対し、マティス氏は「分かりました。ただちにやります」と答え、電話を切った。しかし、マティス氏が部下に「我々は(大統領が言ったことの)何一つやるつもりはない」と指示した。

 米軍はアサド氏を標的にせず、政権軍の基地を巡航ミサイルで攻撃した。もしマティス氏が無批判に従っていたら、アサド政権も後ろ盾であるロシアと衝突していた恐れもあっただろう。

 保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所リサーチフェローのザック・クーパー氏は筆者の取材に対し、自身がジョージ・W・ブッシュ政権のもとでホワイトハウスのスタッフとして働いた経験をもとにこう語った。

 「ブッシュ大統領はスタッフたちからのアドバイスに注意深く耳を傾け、政策判断をしていた。しかし、トランプ氏はその場の個人的な感情で物事を決める傾向があり、明らかに歴代大統領とは異なるタイプだ」

 「FEAR」にはほかにも、コーン国家経済会議議長(当時)がトランプ氏の意向で作られた米韓自由貿易協定の破棄文書の草稿を机から持ち去って事なきを得たといったエピソード、ケリー大統領首席補佐官がトランプ氏を「愚か者」と陰口をたたくなどの場面などが描かれ、全編にわたってトランプ政権下のホワイトハウスが機能不全に近い状況に陥っている様子が詳述されている。

米防衛省で行われた式典で演説するマティス米国防長官=2018年9月21日、ワシントン米防衛省で行われた式典で演説するマティス米国防長官=2018年9月21日、ワシントン

内幕本に「噓とでっち上げ」と激怒

 トランプ氏は「FEAR」の内容に激怒した。内幕本は「あまりに多くの噓とでっち上げの情報源」だと主張。「著者は(私の)品位を落とし、けなすためにあらゆるペテンをしている。人々は本当の意実を知ることを願っている」とツイートした。また、内幕本の登場人物たちも、一様に「フィクションであり、ワシントン流の文学」(マティス氏)、「私が大統領を『愚か者』と呼んだ事実はない。本の内容は全くのでたらめだ」(ケリー氏)と否定してみせた。

 ウッドワード氏はコンウェイ大統領顧問らを通じ、トランプ氏本人へのインタビューを申し込んでいたが、彼らはトランプ氏に伝えていなかったとみられ、実現しなかった。出版の動きを知ったトランプ氏は8月、ウッドワード氏に電話をかけ、「だれも(自分へのインタビューの申し込みを)言わなかったのはとても残念だ」となじったが、その11分間の会話も、ウッドワード氏は会話の冒頭でトランプ氏の許可を得たうえで録音している。

 ウッドワード氏の徹底した取材ぶりに対する信頼性は極めて高いだけに、トランプ政権の受けた衝撃は、マイケル・ウォルフ氏が記した『炎と怒り―トランプ政権の内幕』(早川書房)の比ではなかっただろう。

ニューヨーク・タイムズの匿名記事が追い打ち

 さらにトランプ氏に追い打ちをかけたのが、米紙ニューヨーク・タイムズが9月5日に掲載した匿名の政権幹部が書いたトランプ氏批判の論評だ。題名は「私はトランプ政権内で抵抗する1人である」。同紙は冒頭に「匿名という異例の手段で論評を掲載する。著者であるトランプ政権幹部の名前が明かされれば、この幹部の職務が危機にさらされるからだ」と断りを入れた。

 論評の中で匿名の政権幹部は「政権の多くの幹部が直面しているジレンマは、トランプ氏の政策と彼の最悪の意向を挫折させるために努力をしていること」と指摘。「トランプ氏は会議で話題を変え、話を脱線させる。繰り返しわめき、衝動的な対応は結果として不十分、情報不足で、時には向こう見ずな決断に結びついてしまう」と痛烈に批判し、トランプ氏は自身の決めた重要な政策決定を1週間後にはひっくり返してしまう、と嘆いた。

 匿名の政権幹部はまた、トランプ政権には「二つの路線」が存在すると指摘する。例えば、外交政策においては、トランプ氏はロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長のような専制君主らに好感を示し、同盟国にはほとんど理解を示さない。しかし、トランプ氏以外の政権幹部たちは、逆にロシアの内政干渉を批判する一方、同盟国を競争国としてあざけるのではあく、仲間として扱うというトランプ氏とは異なる政策を取っているという。つまり、政権内には、トランプ氏の意思と、政権幹部らの意思という「二つの路線」がある、というわけだ。

 さらに匿名の政権幹部は、トランプ氏支持者らが好んで使う「ディープステート」(影の国家、国家内部に潜む官僚が勝手に国家を動かしているという陰謀論用語)という言葉に言及し、「(政権幹部らの)取り組みはいわゆる『ディープステート』とは異なる。これは『ステディーステート』(安定した政府)を作るための取り組みだ」と強調した。

ニューヨーク・タイムズの本社ビル。ニューヨーク・タイムズの本社ビル。

周囲への不信感を募らせるトランプ氏

 この論評が発表されるやいなや、トランプ氏は匿名の幹部を「根性なしの卑怯者」と強い口調でののしった。すぐさま30人近い閣僚や幹部が相次いで声明やコメントを発表し、自分たちは投稿の主ではないと否定に躍起になった。政権は異常事態に陥ったのである。

 ただ、トランプ氏の長男ジュニア氏は米ABC番組のインタビューで

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