沖縄のアイディンティティーと若者(下)
2018年10月25日
先月の沖縄県知事選で10代、20代の若者ほど佐喜眞淳支持が多く、年代が高くなればなるほど玉城デニー支持が多かったという結果について、その要因を「若者の右傾化」と分析する論考がある。テレビも新聞も見ない若者が、ネットに蔓延(まんえん)するネトウヨのデマ情報に感化されているというのだ。
「沖縄のアイディンティティーと若者」で沖縄の若者たちのアイデンティティーが刻々と変化している実態を報告した。今回は、沖縄の若者は本当に右傾化しているのかについて、考えてみたい。
確かに沖縄県知事選では、ツイッターやSNSで候補者に対するデマ情報が飛び交っていた。悪質なデマはデニー氏に集中。選挙戦の最中、本人が法的措置を辞さないと宣言するなど、これまでにない情報戦の様相を呈していた。
現代の若者を取材すると、政治や社会のニュースを得る手段として、既存の新聞やテレビよりもネットやSNSが多いのは事実だ。しかし、沖縄の若者がネットのデマ情報に感化され右傾化しているというのは、本当なのだだろうか?
北谷に暮らす金城樹里さん=仮名=(27)は、駐留する米軍と対立するのではなく共存できないかと考えている。けれども、積極的な基地賛成ではない。沖縄戦などの歴史にも触れて育ち、その思考はリベラルそのものだ。しかし、地元沖縄の新聞やテレビの報道姿勢に関しては、かねてからある疑問を抱いていたと漏らす。
「米軍に関しては『ヘリ墜落』『米兵が民家に侵入』『米兵が泥酔して暴行事件』などのネガティブな情報は報じられるけど、そうでない情報は掲載されない。一度、バイト先の目の前の国道で大規模な交通事故があったんです。警察よりも救助隊よりも、真っ先に事故に巻き込まれた日本人を助けたのは、顔見知りの米兵さんだった。この時、事故そのもののニュースは報じられたのですが、米兵が日本人を助けたという事実は報じられませんでした」
報道機関である以上、編集上の取捨選択はそれぞれのメディアに委ねられる。樹里さんの指摘に反対することはたやすい。けれども、既存のメディアは彼女を納得させるだけの説得力のある言葉を今、有しているだろうか。
戦後、沖縄のメディアは、沖縄戦の歴史の継承を編集の指針とし、「反戦」「反基地」の主張を明確にしてきた。それこそが沖縄の「正義」だったからだ。
生まれた時から米軍基地が当たり前に存在する若者のアイディンティティーは複雑だ。戦争は絶対反対。けれども辺野古のゲート前に座り込みを続けるおじい、おばあのように、権力に対する「抵抗」は社会変革の手段として選ばない。若い世代の平和の定義が、必ずしも「反戦」「反基地」ではないことは「沖縄のアイディンティティと若者(上)」でも書いた通りだ。
今回取材した25人(18歳〜29歳)のうち地元紙を含む新聞を購読している人は0人。ネット版の地元紙を「毎日読む 2人」「2〜3日に1回 5人」「気になる記事が目に留まった時 15人」だった。それに対し、毎日見ているのはツイッターなどSNS上に流れるニュース。動画共有サイト「ユーチューブ」をメディアとして位置づける若者もいた。
樹里さんのように、既存のメディアに対し、漠然とした不信を持つ人は少なくない。けれども、だからといって、彼女らすべてが「右傾化」しているとは到底思えない。ただ、こうした不信につけ込んで「偏向報道」という一方的なレッテルを張り、特定のメディアを攻撃する言論がネット上に溢れているのも現実だ。
「既存のメディアへの不信」と並んで、沖縄の若者が意識している言論がある。「中国の脅威」だ。「玉城デニーが当選したら沖縄が中国に乗っ取られる」。選挙期間中、SNSに大量に投下されたこの悪質なデマも、沖縄が中国の脅威下にあることを念頭に置いたものだ。若者の中にも辺野古への基地建設には反対。けれども中国には漠然とした不安を感じると語る県民は一定数いる。
琉球王朝の時代から、沖縄は大陸・中国と深い関係にあった。琉球では新しい王が即位する際、中国の皇帝の使者「冊封使」を受け入れる風習があった。琉球王朝にとって冊封使の受け入れは国家の存続をかけた重要行事。彼らが那覇に滞在する半年の間、7回にも及ぶ宴会が催され、歌や組踊、爬龍船(ハーリー)など趣向を凝らした行事が続いた。こうした歴史が米軍基地同様、沖縄独特の文化や風習を形成したことは言うまでもない。
こうした歴史の文脈は、90年代以降、中国の漁船や軍艦、潜水艇が尖閣諸島周辺で確認されるようになると、まったく意識されなくなくなる。決定打となったのが2010年に発生した「尖閣ビデオ流出事件」だ。中国漁船が意図的に海上保安庁巡視船に衝突する収めたビデオが流出した以降、中国に対する反発が一気に高まった。
今回の県知事選では、尖閣諸島に近い「石垣島」「宮古島」「与那国島」などでは佐喜眞氏の得票率がデニー氏を上回った。石垣島出身の大城誠さん(22)は、沖縄本土と尖閣諸島に近い離島では県民の意識にも差があると語る。
「米軍基地がない石垣島では、基地問題と言っても実感がわかない。辺野古ばかりが選挙の争点として取り上げられることに違和感がありました」
そもそも、石垣島や宮古島など八重山諸島は、かつて薩摩が沖縄を侵略したように、琉球によって侵略された歴史がある。また、地元紙である「八重山日報」には連日のように「中国の船籍が尖閣諸島(石垣市登野城)周辺の領海外側にある接続水域を航行」などのニュースが踊る。離島には「中国が攻めてくる」と真顔で信じる者もいて、離島防衛のための陸上自衛隊を配置する計画が議論されている。
「尖閣諸島が近くにあって、その周辺で漁業をしているおじぃなどが、中国漁船を見たとか話すから、怖いと思っている人はいると思います。沖縄の新聞は、米軍基地のことを批判していても、日本の領海に侵入する中国に関する批判はない。一方、SNSには中国に対する批判ばかり。根拠がない情報はどっちなのか分からなくなってしまうんです」
ただ、沖縄の離島でも本島でも、漠然とした脅威を口にする若者はいても、その脅威の正体について具体的に指摘する者はいない。緊張感もなく、どこか他人事だ。興味深いのは「中国の脅威を感じますか?」という質問に、那覇の目抜き通りである国際通りが、年々、中国人観光客ばかりになった、と答える若者が多いことだ。
沖縄県文化観光スポーツ部観光政策課によると、沖縄を訪れる観光客は2017年度957万9900人。そのうち外国人は269万2000人。国別では台湾81万3000人、韓国54万4800人、中国本土54万6000人、香港25万9700人、その他が52万8500人。必ずしも中国だけが突出しているわけではない。
むしろ、日本政府は観光立国及び地方創生を合言葉に、中国人に対するビザ発給要件の緩和を昨年5月から実施。日本を訪問する中国人観光客は日本全体で増加しており、沖縄だけに限ったことではない。ネットでは事実よりも印象論が拡散され、それが漠然とした「中国の脅威」の「種」となっている。
では、沖縄の右傾化の源流はどこにあるだろうか。
高校時代は柔道に明け暮れ、卒業後は沖縄を離れ、関東にある体育系大学に進学。時間がある時は常にケータイやパソコンをいじって時間を潰していたという。雄治さんは自らが「ネトウヨ」だったと告白している。そして、若者の右傾化の源流は「民主党政権下(2009~2012)の沖縄」だったと振り返る。
「民主党政権は中国の回しものだとか、○○議員は在日だとか。当時は流行っていたmixiのニュースや、知らない人が書いたネット上の日記にはそんな話が溢(あふ)れていました。いま見れば何の根拠もない日記なんだけど、当時はそれがそれっぽく見えた。それこそが保守的な思想だと信じていた。政治家の家に生まれて、人一倍、政治に興味を持っていたけど、自分に都合のいい情報しか調べなかったんです」
当時、「在日特権を許さない会」が頻繁には排外デモを繰り返し、レイシズムを標榜する団体が、ネットという電脳世界から街頭に飛び出して、自らの存在を世の中に晒(さら)した時代だった。
当初「在日コリアン」を標的にしていた在特会だったが、その後、彼らの矛先は政権に反対するあらゆる運動、企業、団体、個人へと拡大。その過程で「反日」「パヨク」「売国奴」などのネットスラングが醸成されてゆく。沖縄がターゲットになるのは時間の問題だった。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください