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宇野・海部政権 傀儡の実相 

平成政治の興亡 私の見た権力者たち(2)

星浩 政治ジャーナリスト

伊東正義総務会長(右)、渡辺美智雄政調会長(左)と竹下登首相(中央)。「首相辞任へ」という衝撃の情報に党内の関心は一気に「竹下後」へ =1989年4月25日拡大伊東正義総務会長(右)、渡辺美智雄政調会長(左)と竹下登首相(中央)。「首相辞任へ」という衝撃の情報に党内の関心は一気に「竹下後」へ =1989年4月25日

伊東正義氏を担ごうとした竹下氏

 消費税導入という大きな業績をあげながら、リクルート事件の嵐に飲み込まれて、竹下登首相が退陣を表明したのは1989(平成元)年4月25日。自民党は後継総裁選びに入った。

 竹下氏自身は当初、伊東正義総務会長を担ごうとしていた。伊東氏は農林省出身。「清廉な会津の頑固者」として知られていた。大蔵省出身で首相を務めた大平正芳氏とは肝胆相照らす仲だった。竹下氏は大平政権の蔵相を務め、当時の官房長官、伊東氏と交流を深めていた。

 しかし、伊東氏は、自民党の派閥体質などを厳しく批判しており、後継首相への意欲はなかった。89年5月10日、伊東氏は自民党の記者クラブでの会見で、後継首相に就く気があるかと問われて、「本の表紙だけを替えてもダメだ。中身を替えて意識改革をしなければならない」と断言。当時、自民党を担当していた私は、その発言を間近で見て、「伊東首相はあり得ない」と確信した。

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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