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「移民はここにいる」現実を直視して政策の確立を

髙谷幸 大阪大学大学院人間科学研究科准教授

政府が「移民政策」はとっていないし、これからもとらないと言ったとしても、すでに数多くの「移民」が日本社会に暮らしている政府は「移民政策」はとっていないというが、数多くの「移民」が日本社会で働き、生活しているのが現実だ

 ミカは、日本のある地方都市に暮らす30代半ばのフィリピン女性だ。働くために来日し、日本人男性と出会い、結婚、この街で暮らすようになってからすでに15年以上経つ。彼女は結婚当初のことを次のように振り返る。

 名前、住所勉強しても、漢字の質問はわからない、ほとんど。で、困ると思ったんですけど、じゃあ漢字を勉強しよう(と思う)。でも漢字勉強するにしても、学校行くのにすごくお金かかるじゃないですか。主人にもプレッシャーかかりたくないし、ちょうど子どももできたし……。で、いつの間にか子どもは幼稚園いったんですよ、また違う勉強なんですよね、また違う世界。やっと言葉わかった、勉強、文化、ちょっとわかってきたんだけど、子どもができると、また違う生活なんですよ。あ、これ、また壁か、と思って。ちょっとうつ病みたいになった時があったんですね。やっぱりもう左も右もわからなくて。……でもやっぱり子どもを先に考えるんよな。私が積極的にいかないと、絶対子どももそのままなんですよね、友達もできないし。頑張って日本人の方と声をかけて、会話して、友達になって、子どももだんだん広げて、友達になるんですよね。わからない時は、日本人の方たちと教えてもらって。(幼稚園からの)手紙がいっぱいあるじゃないですか。でも毎年同じ内容(笑)、文章も同じだから何となく覚えたんですよ。あ、なるほどね、なんとなくこれは意味がわかるわって思うんだけど、小学校入ってくると、また違うんですよ。漢字もまた違う、とか思って。

 ミカのように日本に暮らす外国籍者の数は、今年の6月に263万人を超えた(法務省入国管理局「在留外国人統計」2018年6月)。しかし、こうした移民やその子どもたちの生活を支えるための政策が日本にはほとんどない。そのため彼・彼女らの生活は、特に来日当初は、文字通り「サバイバル」だ。ミカの語りが示すように、生活の一つひとつの場面で「壁」に突き当たり、その「壁」を乗り越えようと毎日必死に生きている。

 もちろん時間が経てば、少しずつ慣れてくるし、周囲のサポートが得られる場合は、より慣れるのも早いだろう。しかしそうした個人の努力と周囲のサポートだけでは、移民の人たちが安定した生活を築くのには不十分なのが現実だ。ミカ自身も今は、生活に慣れたが、漢字の読み書きはまだ十分でない。

 そしてこの読み書きができないということは、後述するように、進学や就職の機会が限られるというような具体的な不平等に直結している。しかし問題は、それにとどまらない。当事者にとって読み書きができないということは、学校や役所とのやり取りなど日常の様々な場面で、誰かに頼らなければならないということであり、ミカのように、ときには「うつ」のようになることもある。同じように漢字の読み書きが難しい別のフィリピン女性も、いつも夫に頼るしかなく、「自分は何もできない」、「子どもみたい」と感じてしまうという。

 このように、自分が暮らす社会で使われている言葉を十分に操れないということは、移民にとって、自らが不十分な存在になったかのように思えてしまう経験でもある。 

新しい在留資格の創設

 政府は、10月24日から開かれている臨時国会で、人手不足を背景に新しい形で外国人労働者を受け入れるため、新たな在留資格の創設を含む出入国管理法改定案を提出する予定である。これは、本年6月に公表された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2018 」に沿ったものだ。

 前述のように、日本ではすでに263万人を超える外国籍者が暮らし、そのうち外国人労働者も128万人を超えている(厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況」、2017年)。しかし日本政府のこれまでの方針は、専門的・技術的労働者は積極的に受け入れるが、いわゆる「単純労働者」は受け入れないというものだった。実際には、非熟練労働の現場で働いている外国人労働者は数多いが、その多くは、日系人やその家族、国際結婚で定住した者、技能実習生、最近増加が著しい留学生である。彼・彼女らは「外国人労働者」として受け入れているのではない、というのが政府の建前だった。

 したがって、「骨太の方針」で示された新しい在留資格の創設は、人手不足を解消するためには外国人労働者が必要であるという事実を認めた点では、政府の方針転換といえるものである。報道によると、受け入れが認められるのは、介護、建設、外食、宿泊業など14業種が検討されているという(『朝日新聞』2018年10月23日)。

「移民政策ではない」と主張する政府

 一方で、この方針転換も「移民政策ではない」と明言されている。移民政策とは移民を対象にする政策の意味だが、ここで「移民」とは誰を意味しているのだろうか。国際的な定義では、「国際移民」とは「移動の理由や法的地位、自発的か非自発的かに関係なく、本来の居住国を変更した人々」を意味する。中でも1年以上にわたる居住国の変更を長期とするのが一般的である。この定義にもとづくならば、日系人や国際結婚で定住した外国人はもちろん、最大5年間の就労が認められる外国人技能実習生も「移民」である。

 しかし安倍政権が用いている「移民」はもう少し狭い意味だ。前述の「骨太の方針」では、この政策方針が「移民政策とは異なるものであり、外国人材の在留期間の上限を通算で5年とし、家族の帯同は基本的に認めない」とされている。つまり、(少なくとも入国当初は)在留期間の上限があること、家族の帯同が認められず、単身での入国になるという点が、「移民」ではないことの根拠とされている。逆に言えば、「移民」とは、在留期間の上限がなく、家族の帯同も認められた形で暮らす人びとだといえるだろう。したがって、本稿でも、以下ではこの政府のいう意味で「移民」という用語を用いよう。

 政府は、今回の方針は「移民政策」ではないというが、

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