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安田純平さんが帰ってきた

危険地を敬遠する組織メディアの記者たち。危険地取材の意義を改めて考えたい

石川智也 朝日新聞記者

「自己責任論」を否定した産経

 外交案件かつ人命案件という事件の全容に迫るのは難儀だが、拘束までの経緯や武装組織の内情などは、いずれ本人の口から語られるだろう。背景の解説も中東情勢の専門家に任せ、少し別の視点から、今回の事案で浮かび上がった幾つかの問題を考えたい。

 最も心配していた本人や家族へのバッシングは、いまのところ主要メディアではほとんど見られない。

 ジャーナリストの紛争地取材に厳しい目を向けていた産経新聞も、10月25日付「主張」は「危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由の如何を問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ」と断言。サイド記事も家族・知人の心配の声を紹介する、きわめて穏当な内容だった。

 ネットではすでに「危険を承知で行くんだから死んでも仕方ない」「迷惑な奴」「どのツラさげて帰ってくるの」などと、いわゆる「自己責任論」の合唱が起き、ところどころで炎上している。が、こうした中傷や非難の主はほとんどが捨てアカウントや匿名の発信であり、その程度の安い「自己責任」しか持ち合わせない彼ら彼女らを相手にするのは時間の無駄というものだろう。

 安田さんバッシングには外国メディアの特派員が「全く理解できない現象」などと発信しているが、こうした現象が起きる日本の特異性と、自己責任論が「責任」とは無縁の代物であることは、さきの記事「安田純平さんを忘れないで」でさんざん指摘しているので、ここでは繰り返さない。

シリア内戦の状況変化という主因を「政権の手柄」に

 まず検証しておくべきは、今回の政府の動きだ。

 10月23日午後11時、官邸に急きょ戻って解放情報を発表した菅義偉官房長官は「官邸を司令塔とする国際テロ情報収集ユニットを中心に、カタールやトルコに働き掛けた結果だ」と胸を張った。

 このユニットなるものの存在を今回初めて知った国民も多いだろうが、2015年12月に外務省、防衛省、警察庁などから集めた約20人態勢で発足し、現在の人員は約90人にまで増えた。だが、外務省関係者によると、官邸では当初、安田さんに対して「自己責任ではないのか」などと冷ややかな声もあったという。

 シリアの反体制派とのパイプを持つカタールとトルコへの交渉を強めたのは、今年7月になって安田さんの動画や画像が次々と公開されて以降。「テロリストと交渉しない」姿勢を貫き、独自の交渉ルートを持たなかった日本政府がそれまでの3年間にどれだけ救出に力を尽くしていたのかは、不明だ(自国民保護については「安田純平さんが現れた」参照)。

 安田さんの解放情報は発表の数日前からあった。まるで「寝耳に水」のような10月23日夜の政府関係者の慌ただしい動きを考え合わせると、シリア内戦の状況変化という主因の「棚ぼた」を、ここぞとばかり「ユニット」の活躍アピールに使ったようにしか見えない。

 いずれにせよ、3年4カ月は、過去40年の邦人誘拐事件としては最も長い拘束期間だ(北朝鮮による拉致被害者は除く)。これほどの長期間、同胞を救えなかったという事実をこそ直視し、後藤健二さん・湯川遥菜さん事件のときのように、政府の検証委員会あるいは第三者委員会による総括をすべきだろう。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。岐阜総局などを経て社会部でメディアや教育、原発などを担当。2018年4月から特別報道部記者。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学感染症情報分析センターIDIA客員研究員。共著に「それでも日本人は原発を選んだ」(朝日新聞出版)等

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