2018年11月02日
「若者っていうとSeals?みたいに思われるの嫌なんですよ」
「政治って、宗教とか特定の思想と同じようにザワッとなる感じ」
そんな風に政治には距離を置いている若者たちも、先日の安倍改造内閣で女性閣僚がたった一人というのは違和感を持ったと言います。
「安倍さんは片山さつきさん一人でも、彼女は2人分3人分の発信力を持って仕事をしていただけるとかなんとかって言ってたでしょ。そういう問題じゃないですよね。この人、本当に分かってないと思った」
「どこかの議会で赤ちゃん連れて行ったら出ていけってあったけど、子連れでも議員できる環境を整えればいいじゃん」
政治と聞くとザワッとすると言いつつ、若者たちのこの熱さ。まっとうさ。
その一方で、私の周りの中高年男性には「女性閣僚が増えたからといって、どうせお飾りだし」「議会に乳児?とんでもない」などの意見が結構あります。現状維持で良しと言うわけです。
現状維持に対し、「おかしい」「なぜ?」と声を上げるのは、大抵が女性です。そうやって、ひとつひとつ現状を変えてきました。子どもの頃、野球も騎馬戦も男の子だけのスポーツでした。今、サッカーなど「男性のみに向いている」と言われたスポーツでも、女性は大活躍です。政治だって同じです。
1946年4月10日、戦後初の衆院議員選挙で39人の女性議員が誕生しました。女性が初めて立候補する権利、投票する権利を行使できたのです。
日本が戦争に負けた2カ月後、連合国軍総指令部(GHQ)のトップ、ダグラス・マッカーサーが五大改革の指令を出します。その中に「参政権賦与による日本婦人の解放」が盛られていました。一方、戦前から婦人運動家として活動してきた市川房江らはそれより先、8月25日に「戦後対策婦人委員会」を結成、衆議院議員選挙の改正や治安警察法廃止を求め、同年11月には婦人参政権獲得を目的に同盟を結成しています。
実は、女性の参政権はGHQに与えられるよりずっと以前の明治末年から、権利獲得のための運動が始まっていたのです。1931年には条件付きで婦人参政権を認める法案が衆議院を通過さえしています。この時は、貴族院の反対で廃案に追い込まれましたが……。
さて、多くの先輩たちの努力もあって、ようやく39人の女性議員を誕生させることができたのに、その後の女性の政治参画の歴史を見ると惨憺(さんたん)たるものです。なんと、2005年の第44回衆院選で43人の女性が当選するまで実に59年間(この間、衆院選22回おこなわれています!)に渡って、1946年の39人を超えることはできませんでした。
現在、女性議員は衆議院で47人(10.1%)、参議院で50人(20.7%)いますが、政治分野の女性の少なさが災いして、世界経済フォーラムが発表した2017年版の「男女平等ランキング」では、総合スコアで114位。安倍晋三総理が「SHINE!~すべての女性が輝く日本へ~」と誇らしげに掲げた「女性活躍」の看板は、早くも下ろされてしまったのでしょうか。
周りに聞いてみると、「いやあ、元々、大衆受けするコピーに飛びついただけで、本心は女性は家にいて家事育児介護をしていてくれればいいと考えているんだもの。その本心が出ただけ」と辛辣(しんらつ)な声が大半。考えてみれば、そもそも安倍内閣の「女性活躍」って、当初から女性たちには不評でした。
「家事も育児も介護も押し付けて、そのうえ外で働いて生産性を上げて輝けっていうの? 女を人間扱いしていない!」と。
要は、人間を生産性と効率とスピードでのみ測っている。そういう価値観、総理の故郷の英雄・吉田松陰の富国強兵を今の日本に当てはめようとしているから、障がい者の雇用率の水増し問題も起きるし、国会議員のLGBTは生産性がない発言も出てくるんでしょうね。
それにしても、政治の世界における女性進出の遅々たる歩みはなにゆえなのか?
「なぜ?」「おかしいじゃない?」という女性の異議申し立てが弱すぎたのでしょうか。なにしろ、女の子はおとなしくしているべきだと、頭を押さえつけられる風潮がありすぎますからね。
下の写真を見てください。先月、フランスのマクロン大統領が任命したフィリップ内閣では閣僚の半数が女性です。女性一人の日本との差は歴然です。
フランス女性が参政権を得たのは、日本と同じ1945年なんです。夫の許可がなくても自分の収入を自由に使えるようになったのは1907年。大学進学ができるようになったのは1938年。実は、フランス女性もいろいろと権利が制限されていた。
1789年の人権宣言の第1条は「人は生まれながらにして自由かつ平等の権利を有する」とうたっています。ところが、その人権宣言に女性は含まれていなかった。女も同じ権利があると2年後に「女権宣言」を出したオランプ・ド・グージュは、絞首台の露と消えています。
話を戻すと、同じ年に選挙権を得たのに、かたや閣僚の半数は女性、かたや女性閣僚は一人、70年間で日仏にかくも大きな差ができてしまったのは一体、どういうことなのか。
フランスでは2000年に「候補者男女同数法」、いわゆるパリテ法ができ、候補者を男女半々にすることが各政党に義務づけられました。義務に反すると、政党助成金が減額されます。これなら、必死で女性の候補者を発掘し、養成しようとなるはずです。
地方の選挙の場合は、男女がペアで立候補しなければなりません。有権者はどのペアに投票するかを決めるので、当然、県議会など男女半々の議員となるわけです。日本はどうか。都道府県で10.1%。市区町村では13.1%です。
クオータ制を早くから採用していた北欧諸国に比べ、女性の政治参画という面では遅れを取っていたフランスですが、瞬く間に、女性の政治参加先進国に躍り出ました。
日本では今年5月、「候補者男女均等法」が成立しました。各政党はできる限り候補者が男女均等になるよう努力せよという法案なので、政党がどこまで努力するか、心もとないのは否めない。女性候補があまりにも少ない党には投票しないくらいの運動を展開することも必要だと思います。
もっと言えば、この法案で満足せず、候補者のたとえば4割を女性にするといった割り当て制(クオータ)の導入や、均等法に違反している党はフランスのように政党助成金を減額するという罰則をつけるなど、法案のバージョンアップが重要でしょう。
もし安倍さんが、今回、女性閣僚を10人にしていたら……。そう想像するのは楽しいですね。20人の内の半分です。大論争が起きたのは間違いなし。
自公の議員数は衆参で459。そのうち女性議員は自公で50人。両方でたったの11%なのに大臣の椅子の半分を女がとるなんてと、大騒ぎになったのではないでしょうか。それこそ、自民党の入閣待機組や派閥からごうごうたる非難と、「逆差別」「資質に問題あり」との批判が巻き起こったかもしれません。
しかし、国民の間では、女性議員の数を増やそう。研修養成機関をつくり、公募もしよう。各政党はクオータ制を採用すべき。選挙活動資金を貸与しよう。いや、それよりも、国会の働き方改革を進め、妊娠・出産・子育て中も無理なく働けるような環境整備をすべきだという議論が、活発になったかもしれません。
安倍さんには10人もの女性閣僚を誕生させるような気持ちも度胸もないだろうし、こういう論争が起こってほしいというのは、夢物語だと笑われるかもしれませんが……。
そもそも、女性の政治参画は必要なのかと疑問視し、反対する人も世の中にはいます。
たとえば、「天の半分を支えているのは女性」「有権者の半分は女性」「クオータ制を導入している国は110(2013年時点)」など、データを挙げて説明しても、「それが何だ」「日本は日本」「女性参画が少なくても日本は民主的で豊かでみんな幸せじゃないか」とにべもない。
本当にそうでしょうか?
今、この国には大きな危機が迫っています。
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