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サウジ記者殺害事件を理解したいあなたへ(後編)

サウジとの違いをアピールするトルコもメディアへの弾圧を続けている

岩城あすか 情報誌「イマージュ」編集委員

 「サウジ記者殺害事件を理解したいあなたへ(前編)」では、イスタンブールのサウジアラビア総領事館でサウジ人記者が殺害された背景には、トルコ、サウジ、米国の思惑が入り乱れる複雑な中東情勢があると解説した。後編ではさらに詳しく中東情勢を読み解いた上、今後の展開を考えたい。

カタールとトルコは蜜月関係にある

 トルコとサウジの関係を語る上で、カタールも重要な登場人物である。人口260万人の小国でありながら、天然ガスの埋蔵量は世界3位、原油埋蔵量は26億トンというエネルギー大国だ。

 過去100年に独自外交を続け、中東地域のさまざまな被抑圧者を独自に保護してきた歴史を持つ(近年でもイラクのサダム・フセインの家族や、国際テロ組織アルカイダの指導者だったビンラディンの息子の1人、パレスチナの原理主義組織ハマスの指導者やアフガニスタンの過激派タリバンのメンバー、家族ら100人を滞在させ、和平交渉の場所を提供してきた)。年々発信力を高めているアラブ系国際メディア「アルジャジーラ」があることでも知られている。

アルジャジーラ・イングリッシュの編集局=2017年8月6日、ドーハ

 サウジ、UAE(アラブ首長国連邦)、エジプト、バーレーンなど7か国は2017年6月、カタールとの国交断絶を突如発表した。イランへの過度な接近と「ムスリム同胞団」に対する支援(カタール側はそれを否定)を理由にしている。カタール航空は上記4か国の上空飛行を禁止され、同じ湾岸協力会議(GCC)の構成国への仕打ちとは思えないほど敵意が露にされる事態となった。

 カタールは食糧の8割を陸路でサウジから輸入していたためすぐに窮地に立ったが、イランとトルコから速やかに空路で輸入することで危機的状況を免れた。トルコは4か国の封鎖措置宣言後すぐに2014年の二国間防衛協定に基づいて軍を派遣。合同軍事演習を実施しながら、現在もカタールに駐留している(トルコは「ムスリム同胞団」の支持を表明しており、同胞団に同情的なカタールとは「馬が合う」状況であった)。

 カタールは断交後、4か国から関係改善のために要求された13の条件(トルコ軍基地の閉鎖、カタールの衛星ニュース局「アルジャジーラ」の閉鎖、4カ国がテロ容疑で指名手配する全員の引き渡しなど)も拒否した。この時以来、カタールとトルコは今までになく親密な関係になった。

 2018年8月には、アンドリュー・ブランソン(Andrew Brunson)牧師の釈放をめぐってトランプ大統領とエルドアン大統領が対立。アメリカがトルコに科した経済制裁(鉄鋼及びアルミニウムにかかる関税を2倍に引き上げるなど)のため、トルコ・リラは暴落し、トルコは深刻な経済危機に陥った。

カタールはこのとき、150億ドル(約1兆6500億円)という桁外れの直接投資を表明し、トルコ財政破綻の窮地を救った(ブランソン氏は20年以上もトルコ・イズミルで宗教活動を続けていたアメリカ福音派の牧師。2016年のエルドアン大統領に対する「7.15クーデター未遂事件」を引き起こしたとされるイスラム原理主義者フェトフッラー・ギュレン(Fethullah Gülen)派と共謀した容疑と、反政府勢力のクルディスタン労働者党(PKK)を支援した容疑がかけられ、2016年から収監されていた。2018年7月25日の釈放後、自宅軟禁の状態が続いていたが、10月12日に解放され、現在はアメリカに帰国している)。

沈黙するイランが最も得をしている

 アメリカのトランプ大統領は「イラン」の封じ込めをめざし、2018年5月に「核合意」を離脱、イランへの「最高水準の経済制裁」を復活させると宣言した。

 既に8月から、イランの米ドルの購入や取得、金などの貴金属、鉄鋼、アルミニウム、石炭などの取り引き、旅客機およびその部品の輸入を阻止する制裁が始まっている。この制裁で、外国企業がイランの自動車部門に関わることも阻止された。

 第2段階の制裁としては、2018年11月からイランに対し、石油の禁輸制裁を科すという。ただし、イラン核合意からアメリカが離脱しただけで、合意そのものは存続している。禁輸制裁に対し、ロシアやトルコは取引を続行する意思を表明している。

 石油価格の高騰を避けるため、トランプ大統領は、サウジのムハンマド皇太子に原油の供給量を増やすよう要請。これを受けて9月30日にムハンマド皇太子はクウェートを訪問し、両国が共同で管理しつつも、サウジ側の都合で3年以上前から供給を停止していたカフジ、ワフラ両油田の生産を再開するよう求めた。しかし、クウェート側からは技術的な問題と、これまでに被った損害の賠償を要求され、交渉は物別れに終わったという。

 サウジはこのような状況の中、ジェマル氏の殺害事件でさらに追い詰められた。原油安から財政破綻のリスクをかかえる中で、中東における存在力が確実に弱まってきている。

 いっぽう、ロシア、イラン、トルコは10月24日、モスクワで副外相レベルの会談を開き、国連シリア特使と連携して、シリアで憲法委員会の設立に向けた取り組みを迅速化することで合意した。今回の騒動で、一言も声を発していないイランが、結果的に最も恩恵を被っている状況がうかがえる。

ロシアの通信社スプートニク(トルコ語版)のウェブサイトより、2018年5月10日付の一コマ漫画。「イラン合意」と書かれた机をトランプ大統領が蹴り倒している

トルコは「サウジと違って人権を大切にする国」をアピールしている

 今回、ジェマル氏が拉致されただけで、仮に領事館内で死亡していなかったとすれば、これほど大きな問題にはならなかっただろう。殺人事件がおこると、総領事本人の治外法権も無効になるからだ。

 ではなぜ、サウジは犯行の場としてトルコを選んだのか。

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