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関係「正常化」の一コマとしての安倍訪中

川島真 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻・教授

日中でイメージが異なる「正常化」

 しかし、その正常化なるもの(中国側では関係を「正しい軌道」に戻す必要性が唱えられる)のイメージが、日中間で異なっていたことは指摘しなければならないだろう。それは、なぜ関係が不正常になったのかという原因論とも深く関わる。

尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島=2013年、沖縄県石垣市拡大尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島=2013年、沖縄県石垣市
 日本側からすれば、そもそものきっかけは2008年12月に中国の公船が初めて尖閣諸島の領海に入ったことである。その後、2010年に起きた中国漁船の日本の海上保安庁艦船への衝突事故を経て、国内で尖閣諸島の私有地に対する購買運動が高まったことなどを受けて、2012年9月に日中関係の安定化のために、日本政府が尖閣諸島の私有地を国有地へと所有者を変更したのであったが(いわゆる「国有化」)、それに中国が過度に反応したというのが日本側の認識である。

 つまり、日本側から見れば、2006年に日中間を戦略的互恵関係と位置付けた第1次安倍政権、日中間の第四の基本文書たる日中共同声明に署名した福田康夫政権、そして麻生太郎政権の時期に戻すことを、「正常化」への回帰点だと想定していたようだ。

 しかし、中国側はそうではない。中国側としては、2012年9月に日本が尖閣諸島を「国有化」したことが関係悪化の原因だとする。そのため、それ以降に恒常化した尖閣諸島の領海、接続水域などでの中国の公船の活動や、中国のGDPがすでに日本の三倍近くになろうとしているこの現状に鑑み、日中関係を「現在の」等身大の二国間関係に推移させていこうと、中国側は考えていたものと思われる。

様々に交錯する帰着点

中国の胡錦濤(フーチンタオ)国家主席(左)と握手する福田康夫首相=2008年5月7日拡大中国の胡錦濤(フーチンタオ)国家主席(左)と握手する福田康夫首相=2008年5月7日
 このような日中間の思惑の相違点は、今回の首脳交流に複雑な影を落とした。

 2006〜09年の自民党政権時の戦略的互恵関係への回帰を想定する日本側は、とりわけ2008年の福田康夫政権が胡錦濤政権との間で取り決めた東シナ海共同開発に、再び着手しようとした。これは、時計の針を2008年に戻すことであり、無論、中国側はこれに簡単には応じない。共同開発について、「実施に向けた交渉の早期再開を目指して、意思疎通をさらに強化していくことで一致」という複雑な文言は、両国間の葛藤を示しているのだろう。だが、日本側としては楔を打ち込んだ格好になる。

 他方で、東シナ海については、現実問題として2012年以降、中国の公船が尖閣諸島の領海、接続水域で頻繁に活動している。中国としてはこの2012年以降の状態を恒常化させようしているのだが、日本としては単に2008年に時計の針を戻すだけでなく、これらの現実問題にも対処する必要があったと思われる。そのために、海上連絡メカニズムや日中海上捜索救助(SAR)協定を締結し、東シナ海の平和と安定のために、中国側の合意を一定程度引き出したといえるだろう。

 日中関係の正常化を「現状追認」としたい中国側に対して、経済面では、日本側も一定程度それに応じた面がある。この点は、日中関係が新たな段階に入ったことを印象付けるものだった。

 その一つがODAの終結である。日本の対中ODAは、すでに2008年に円借款を終え、わずかな無償資金協力と技術協力が残されていただけである。だが今回、あえてその終結を、メディアを通じて広く内外に印象付け、かつ中国側からもODAについて感謝の気持ちが示された。これは、日中両国が対等な立場に基づいて第三国で協力していくことを正当化するとともに、技術流出を懸念するアメリカに対して、日本がアメリカと歩調を合わせていることを示す上でのひとつの説明材料になっただろう。

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筆者

川島真

川島真(かわしま・しん) 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻・教授

1968年生まれ。東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学。博士(文学)。北海道大学大学院法学研究科助教授、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻・准教授(東アジア国際関係史担当)などを経て現職。 主な著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会)、『近代国家への模索 1894−1925』(シリーズ中国近現代史、岩波新書)、『21世紀の「中華」─習近平中国と東アジア』(中央公論新社)、『中国のフロンティア —揺れ動く境界から考える』(岩波新書)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです