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午前3時、光州から金浦空港、羽田、局、そして成田へ……

10月24日(水) 午前1時半にYと話をして、とにかく帰国するがトルコに行っても行き違いになる可能性があるとの見立てを伝えられる。ここは決断するしかない。午前3時に光州のホテルからタクシーで金浦空港まで突っ走るのだ。午前3時前にフロントでチェックアウト。S大兄に手紙を残して金浦空港へ。1台の中型タクシーが来た。50歳くらいのおっさん運転手さんだ。タクシー運転手。考えてみればあの映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』の時と同じことをやろうとしているのだった。もっともあの時代は今のように高速道路が完備していなかっただろうから、しんどさは比較にならないだろうが。おっさん運転手に英語で話しかけるが「ノー・イングリッシュ!」と大声で叫んで、あとは独り言のように韓国語で一方的に話しかけてくる。こっちはさっぱりわからないが、相槌を打つしかないのだった。眠い。全く寝ていないので。それどころかまだ若干アルコールが残っている。とにかくすごいスピードで走っている。平均時速は130キロくらいではないか。途中、霧が濃くなってちょっとこわい。けれどもこのおっさん運転手はスピードを下げない。ああ、このドライバーに命を預けるしかないのか。途中、何度か吐きそうになる。何とこのおっさん運転手のおかげで、金浦空港には午前6時15分に到着した。

 とにかくチケットを押さえる。それは何とかなったが、もともとのチケットが変更不可の安いチケットだったので、帰り便は放棄することになる。借りていたポケットWi-Fiを返却しに到着階に駆け降りる。今日中にトルコに入るための準備。一緒に行くRディレクターが手配している。7時45分発の羽田行きは満席。危ないところだった。

 9時55分羽田着、そこから一旦自宅に戻る。下手をすると、トルコから次のアメリカ中間選挙取材のためにワシントンDCかNYまで直行便で行く羽目になるかもしれない。まいった。それでアメリカ行きのことも考えて大きめのスーツケースにできる限りのものをさっさと詰め込んで、局へと向かう。午後5時半には局から成田へ行くのだが、現地情報が流動的で、帰国が早まるとの情報もある。安田さんは、今はトルコ南部のアンタキヤの入管施設にいるとのことだが、早ければイスタンブール経由ですぐにでも帰国する可能性もあるというのだ。すでにロンドン支局から記者らが大勢取材に入っているし、帰国便の箱乗りも想定しているとのこと。問題は現地のコーディネーターがみつからないことだった。これまでお世話になったEさんやNさんは不可能。いろいろ手を尽くしたがダメだった。とにかく今夜成田発のトルコ航空のイスタンブール行きの便に乗るしかないか。

 成田空港で、取材クルーと合流。あとはチェックインするかしないかの判断だ。だがここで番組のSデスクから、安田さんの帰国のテンポが早まっていて、今夜の便で向かっても「行き違い」になる公算大との情報。あちゃー! それで泣く泣くイスタンブール行きをやめる。あした帰国したところを待ち受けるしかない。ましてや箱乗りの手配も済んでいるとのことなので、これはやむをえない。本当にまいった。Rディレクターらと成田から引き上げる。トルコ行きを聞いて、慌ててキャンセルしたアポイントメンㇳを今度も慌てて復活させる。本当にバタバタだ。迷惑をかけてしまった。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『抗うニュースキャスター』(かもがわ出版)、『漂流キャスター日誌』(七つ森書館)、『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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