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メルケルの退陣宣言でマクロンの激痩せに拍車?

山口 昌子 パリ在住ジャーナリスト

疲労困憊で雲隠れ休暇

マクロン仏大統領と安倍晋三首相=2018年10月17日、パリの大統領府拡大マクロン仏大統領と安倍晋三首相=2018年10月17日、パリの大統領府
 エリゼ宮(フランス大統領府)で大統領が主宰する閣議は、毎週水曜日午前と決まっている。安倍首相とマクロン大統領との昼食をまじえた日仏首脳会談が予定されていた10月18日の水曜日も、きちんと閣議は開かれ、安倍首相を30分も待たせて昼過ぎまで続いた。コロン前内相辞任に伴うカスタネール新内相の任命など、ミニ内閣改造後の初閣議だったからだ。

 ところが10月最終の週は30日火曜日に開かれた。同日午後からマクロンが11月3日まで休暇に入ったからだ。閣議後の定例会見で、グリボー政府報道官は、「何百万人のフランス人同様、(疲労の)大統領には休養が必要」と説明したが、第5共和制(1958年制定)発足以来、大統領が個人的理由で水曜日の閣議を変更するのは初めての極めて異例な事態だ。

 マクロンはこの間、ヴェルサイユの大統領府別館や仏北部トゥーケの自宅にも寄らず、雲隠れ状態だ。2017年5月の就任以来、国内視察170回、海外出張66回(2018年10月末現在)に加え、コロン辞任のきっかけになった個人的ボディーガードのスキャンダル(デモ隊への暴力行為)などで精神的にも参っていたといわれる。40歳の若さを誇るマクロンもさすがに疲労困憊(こんぱい)なのだろう。11月1日は「諸聖人の祝日」でフランスは公休日で連休を取る国民も多い。大統領も同様に休む権利があるというわけだ。

「なぜ今、テーブルをひっくり返すのか」

 しかも、11月11日は第1次世界大戦休戦の100周年記念日だ。マクロンは11月4日午後から10日まで、激戦地の仏東部ヴェルダンなど11県を訪問し、10日には第1次世界大戦の休戦協定を結んだ仏北部コンピエーヌの森でメルケルと共に盛大な式典に臨む。11日は例年通り、凱旋門の下の無名戦士の墓を参拝とスケジュールがぎっしりだ。休養して英気を養うつもりだったのだろう。

 そこを襲ったのが、メルケルの「出馬せず」の宣言だった。マクロンは、「非常に威厳のある決断」と称えたが、「なぜ、今、テーブルをひっくり返すのか」と内心は憤懣(ふんまん)やるかたなし、だったとも伝えられる。

 来年3月には大統領としての成果が問われる欧州議会選挙が実施される。マクロンの出身政党「共和国前進(REM)」が大統領選の勢いをかって圧勝した2017年6月の選挙の再現を容易に果たせるとは、マクロンはじめ誰も信じていない。そうした盟友の正念場の時に、しかも州選挙の敗北の責任を取る形で、「なぜ、相談もせずに事実上の退陣宣言をしたのか!?」と怒りを募らせても不思議はない。

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) パリ在住ジャーナリスト

1990年よりパリ在住ジャーナリスト。主著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。

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