2018年11月07日
国会では、人手不足の分野を中心とした外国人労働者の受け入れに向けた出入国管理法(入管法)改正案をめぐる議論が喧(かまびす)しい。
確かに労働市場は人手不足だ。厚生労働省が10月末に発表した有効求人倍率は1.64倍となり、1974年以来の高水準だという。2.18の東京を皮切りに、上位5都県で2倍を超え、10位の香川でさえ1.81と、広く都市部から地方まで働き手が見つからない状況が続いている。
少子化が進む日本で頼みの綱は外国人と、これまで労働者単純労働などの移民を認めてこなかった日本でも、出身国に技能を普及させる「国際貢献」を目的とした技能実習生を5万人に迫る勢いで受け入れられてきたが、それでも産業界の要請にこたえられない。そこで、来年4月からという異例の速さで新たな労働力の受け入れる方向となり、その制度を定める入管法改正が喫緊の課題になったかたちだ。
だが実は、日本はOECD加盟35カ国中4番目の移民受け入れ国として数えられている。我々自身がどうアイデンティファイしようとも、世界からはすでに「移民大国」と見られているのだ。とすれば、どのような理由であれ日本に来た外国人を、どう処遇するかということが、現在そして将来の日本のレピュテーション(評判)・リスクに直結することは忘れるべきではない。
ところで、訪日外国人と我々大学人の接点となる大学教育の現場でいえば、研究室を運営するようになって驚かされたのは昨今の留学生事情、なかでもお隣の大国・中国からの留学生の実態だ。中国における昨今の「日本ブーム」や、ヨーロッパやアメリカの治安情勢の悪化などもあり、手頃な留学先として「日本人気」があらためて高まっているように思われるのだ。
ここで「あらためて」と書くのは、1980年代の鄧小平のもとでの改革開放政策のもとで、政治経済的エリートの「卵」が日本への留学をはじめて以来、日本の大学、大学院は、中国における留学における有力な選択肢のひとつであり続けてきたからだ。彼らがいまでは中国の政治経済上の要職を務めていることも少なくない。日本語を流暢(りゅうちょう)に話し、水を向けると、日本留学時代を懐かしそうに語ってくれる。
もちろん筆者も、日本の10倍超の人口を抱え、経済的にも発展を遂げる中国から日本への留学生が増加していることは知識としては知っていた。だが、実際にいざ自ら受け入れる側になってみて、経験的に学んだことも少なくない。筆者の主観も交えつつ、そんな昨今の留学生事情の一端を紹介したい。
まず、日本における留学生の全体像を概観したい。
文科省の「平成30年度学校基本調査」によれば、平成30年度の入学者のなかでは学部16311人(2.6%)、修士課程は9576人(12.9%)、博士課程2515人(16.9%)、専門職学位課程で627人(96%)。学部、修士、博士と課程が進むにつれて、留学生の比率が増していることがわかる。大学院課程に限っていえば、7〜8人に一人程度の割合で留学生が存在している計算だ。
中央教育審議会大学分科会大学院部会(第81回)の「大学院の現状を示す基本的なデータ」は「研究科に所属する学生のうち、在留資格が『留学』の学生数(科目等履修生・聴講生・研究生は除く)」のデータを集計している。要するに、現在の大学院正規課程に在学する各国留学生の総数だと考えてもらえればよいが、直近は平成28年度38487人、平成27年度36500人、平成26年度35601人。過去10年でみれば、およそ1万人程度の増加傾向にある。
日本学生支援機構(JASSO)の「平成29年度外国人留学生在籍状況調査結果」は、「出入国管理及び難民認定法」の留学ビザで在学する学生を集計している。こちらは研究生や科目等履修生区分の学生も含まれるものと考えられるが、現在の外国人留学生の総数は267042人。区分別に見ていくと、「学部・短期大学・高等専門学校」が80020人、「大学院」が46373人だ。
また、「出身国(地域)別留学生数」によれば、上位5カ国(地域)は、①中国10万7260人(40.2%)②ベトナム6万1671人(23,1%)③ネパール2万1500人(8.1%)④韓国1万5740人(5.9%)⑤台湾8947人(3.4%)で、圧倒的にアジアからの留学生が多く、なかでも中国、ベトナムからの留学生が多数を占めていることがわかる。さらに、「外国人留学生の増加数及び伸び率」によれば、2010年代後半に入ってから高等教育機関の留学生数が年率10%前後で増加している。
10数人の留学生がいる筆者の研究室でも、中国からの留学生が多数を占め、留学相談も圧倒的に中国人が多い状況だ。中国の一般的な大学の卒業時期は6月。日本では秋が深まる今頃から来年度の卒業生たちが進路を考え始めるようで、これから年明け頃にかけて多くの進路相談、留学相談を受けるのが通例だ。本稿を執筆している週末だけで4件の相談依頼が送られてきた。
彼ら彼女らは半年から1年程度、研究生といったかたちで留学ビザを得て在日し、研究や日本での生活に慣れたのちに、修士課程や博士課程への進学を希望する。日本語学部などでは大学在学中から、その他の場合には大学卒業後に日本で日本語を学ぶための日本語学校に通学しながら進学先を探すというケースも増えているようだ。留学ビザを得るため、専門学校等に学籍を置きながら進学先を探す「仮面浪人」のような学生にも、時々出会うことがある。
背景にあるのは、中国における日本語学部等の人気だろう。聞くところによると、中国には700もの日本語学部等が存在するらしい。日本の大学の数がおよそ750校程度であることを考えると、相当な数と言える。男女では女性が多く、クラスが満員状態であることも少なくないという。
これはかつて、英語学部や英文学部が女子大生の花形学部だった昭和の時代の日本の事情と似ているかもしれない。ただし少々異なるのは、彼/彼女らが直接、日本の大学院で学んでみたいと考える点だ。理由としては、中国の労働市場では日本語学部卒業生の即戦力としての評価があまり高くない(経営学などの人気が高いという)▽上級職で働くためには学部卒では学歴として不足で海外の有力大学の修士以上の学位が必要とされる――といった事情があるとみられる。
留学生を多く受け入れている日本の大学はどこだろうか。先ほどのJASSOの調査のなかに「外国人留学生受入数の多い大学」という調査項目がある。それによると、上位の10大学は、①早稲田大学5072人②東京福祉大学3733人③東京大学3618人④日本経済大学2983人⑤立命館アジア太平洋大学2804人⑥筑波大学2426人⑦大阪大学2273人⑧九州大学2201人⑨立命館大学2141人⑩京都大学2134人。その後も、東北大学、北海道大学、名古屋大学、慶應義塾大学、明治大学等、名の通った大学が続く。
ステロタイプとして語られがちな、「定員募集に苦労する大学が、穴埋めとして多くの留学生を受け入れる」という言説と実態は異なり、国内の有力大学が多くの留学生を受け入れている。興味を引かれるのは、早稲田大学と国公立大学の人気ぶりだ。
少なくない留学生が、ランキングと「コスパ(コストパフォーマンスの良さ)」を口にする。言い換えれば、少しでも良いランキングの大学に、リーズナブルに通いたいということだ。外国の大学に留学する際、特定の研究室で指導を受けたいという人は、研究者志望の一部の学生に限られる、大半が、大学のブランド力(知名度)と費用のバランス、つまりコスパに注目するのは、我々日本人が留学する際にもそうであるように、当然だろう。
その観点からすると、中国人留学生たちの間でも「早稲田人気」が高いのはおもしろい。早稲田大学が日本のトップ私大であることは疑いえないが、世界的に見ると、最新の有力な世界大学ランキングQSのアジア大学ランキングで36位、タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)のアジア大学ランキングで135位と、必ずしもランキング上位校とはいえない。
早稲田大学の強みは、明治の時代から留学生を受け入れ、改革開放の時代に中国の政治経済エリートが数多く通ったことだ。古くは「革命の父」とされる孫文ともゆかりが深いことでも知られている。中国人留学先たちの間では、東京大学に並ぶとも劣らない知名度と人気を誇っている。多くの中国留学生が「早稲田は中国でもとても有名」だと口にする。前述の受け入れ数をみても、早稲田大学は現在でも多くの留学生を受け入れていることがわかる。
ちなみに、QSのアジア大学ランキングの日本の上位5大学は、東京大学(11位)、京都大学(14位)、大阪大学(16位)、東京工業大学(18位)、東北大学(23位)。また、THEアジア大学ランキングにおける日本の上位5校は、東大(8位)、京大(11位)、大阪大学(28位)、東北大(30位)、東京工業大学(33位)と、いずれも国公立大学が目立つ。これはランキングが評価する教員学生比率や学位授与数等に関係する大学院の規模が、国立大学のほうが大きいという、日本固有の大学事情と無関係ではないだろう。
一方、国立大学の人気は、前述したコスパが大きく影響していそうだ。東大、京大を除くと、昨今日本のトップ大学は、世界ランキングのうえでは総じて苦戦を強いられている。世界の有力大学が一貫して投資を増やすなか、日本では文科省が過去十数年にわたって基盤的財源である運営費交付金を年間1%ずつ削減し続けているという事情が背景にはあるが、それでも留学生たちにとっては、日本の国立大学は高コスパに映る。それはなぜか。
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