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高まる日本人気? 中国人留学生の今どきの事情

西田 亮介 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授

日本への留学生を概観すると……

 まず、日本における留学生の全体像を概観したい。

 文科省の「平成30年度学校基本調査」によれば、平成30年度の入学者のなかでは学部16311人(2.6%)、修士課程は9576人(12.9%)、博士課程2515人(16.9%)、専門職学位課程で627人(96%)。学部、修士、博士と課程が進むにつれて、留学生の比率が増していることがわかる。大学院課程に限っていえば、7〜8人に一人程度の割合で留学生が存在している計算だ。

 中央教育審議会大学分科会大学院部会(第81回)の「大学院の現状を示す基本的なデータ」は「研究科に所属する学生のうち、在留資格が『留学』の学生数(科目等履修生・聴講生・研究生は除く)」のデータを集計している。要するに、現在の大学院正規課程に在学する各国留学生の総数だと考えてもらえればよいが、直近は平成28年度38487人、平成27年度36500人、平成26年度35601人。過去10年でみれば、およそ1万人程度の増加傾向にある。

 日本学生支援機構(JASSO)の「平成29年度外国人留学生在籍状況調査結果」は、「出入国管理及び難民認定法」の留学ビザで在学する学生を集計している。こちらは研究生や科目等履修生区分の学生も含まれるものと考えられるが、現在の外国人留学生の総数は267042人。区分別に見ていくと、「学部・短期大学・高等専門学校」が80020人、「大学院」が46373人だ。

 また、「出身国(地域)別留学生数」によれば、上位5カ国(地域)は、①中国10万7260人(40.2%)②ベトナム6万1671人(23,1%)③ネパール2万1500人(8.1%)④韓国1万5740人(5.9%)⑤台湾8947人(3.4%)で、圧倒的にアジアからの留学生が多く、なかでも中国、ベトナムからの留学生が多数を占めていることがわかる。さらに、「外国人留学生の増加数及び伸び率」によれば、2010年代後半に入ってから高等教育機関の留学生数が年率10%前後で増加している。

学位記を受け取るアジアからの留学生ら。民族衣装で出席する学生も=2018年9月14日、静岡大浜松キャンパス拡大学位記を受け取るアジアからの留学生ら。民族衣装で出席する学生も=2018年9月14日、静岡大浜松キャンパス

中国人留学生が多い理由は

 10数人の留学生がいる筆者の研究室でも、中国からの留学生が多数を占め、留学相談も圧倒的に中国人が多い状況だ。中国の一般的な大学の卒業時期は6月。日本では秋が深まる今頃から来年度の卒業生たちが進路を考え始めるようで、これから年明け頃にかけて多くの進路相談、留学相談を受けるのが通例だ。本稿を執筆している週末だけで4件の相談依頼が送られてきた。

 彼ら彼女らは半年から1年程度、研究生といったかたちで留学ビザを得て在日し、研究や日本での生活に慣れたのちに、修士課程や博士課程への進学を希望する。日本語学部などでは大学在学中から、その他の場合には大学卒業後に日本で日本語を学ぶための日本語学校に通学しながら進学先を探すというケースも増えているようだ。留学ビザを得るため、専門学校等に学籍を置きながら進学先を探す「仮面浪人」のような学生にも、時々出会うことがある。

 背景にあるのは、中国における日本語学部等の人気だろう。聞くところによると、中国には700もの日本語学部等が存在するらしい。日本の大学の数がおよそ750校程度であることを考えると、相当な数と言える。男女では女性が多く、クラスが満員状態であることも少なくないという。

 これはかつて、英語学部や英文学部が女子大生の花形学部だった昭和の時代の日本の事情と似ているかもしれない。ただし少々異なるのは、彼/彼女らが直接、日本の大学院で学んでみたいと考える点だ。理由としては、中国の労働市場では日本語学部卒業生の即戦力としての評価があまり高くない(経営学などの人気が高いという)▽上級職で働くためには学部卒では学歴として不足で海外の有力大学の修士以上の学位が必要とされる――といった事情があるとみられる。

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筆者

西田 亮介

西田 亮介(にしだ・りょうすけ) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授

1983年生まれ。慶応義塾大学卒。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。専門は情報社会論と公共政策。著書に『ネット選挙』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)、『マーケティング化する民主主義』(イースト新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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