ポピュリズムと専制政治が横行する世界を切り開く鍵はイノベーションだ
2018年11月11日
国際関係は大きく揺らいでいる。後世の歴史家は現状をどう評価するのだろう。私は過去50年にわたり国際関係の現場にいて、外交にも直接携わってきた。そのような者の目から見て今日起っていることは、余りにも異様だ。
唯一の超大国である米国の大統領が前任者の成果をことごとく否定し、ツイッターで毎日のように重要政策について衝動的ともいえるコメントを出す。米ロでは再び核やミサイルを巡る軍備管理が振り出しに戻ったようだ。
トランプ大統領は価値も理念も伝統的政策も脇に置き、「アメリカ・ファースト」を掲げ、力を背景に二国間「取引」にいそしむ。中間選挙では下院で民主党が多数を獲得したが、未だトランプ支持層は強固で、上院は共和党の多数を崩せなかった。
世界で第二の経済力を有し、急速に台頭する中国は、「中国の夢」を語り、過去の栄華を取り戻すとする。これは覇権を望んでいるのではないかと疑念を生む。「一帯一路」構想はアフリカや中南米にも伸びてきた。
欧州の要と見られているドイツでも伝統的政党は国政や州議会選挙でポピュリスト的政党に敗退を続け、メルケル首相の求心力は大幅に低下した。英国のEUからの離脱期限まで半年を切ったが、一向に見通しは明らかとならない。
トルコ・イスタンブールでは政府批判で著名なサウジアラビア人ジャーナリストが自国総領事館に赴いた途端、殺害されてしまった。世界の混乱はまだまだ続く。国際社会の価値やルールが損なわれているのをどう理解するべきなのだろう。それぞれの事象が特有の事情で起こっているとしても、背景には時代を織りなす共通の要因があるのではないか。
第二次世界大戦以降の国際社会は二つの局面で説明される。冷戦の時代と冷戦終了後のグローバリゼーションの時代だ。
冷戦の時代を支配したのはイデオロギーだ。資本主義と社会主義は相容れないイデオロギーとして相互排除に動いた。米・ソは「恐怖の均衡」と言うべき大量の核兵器と大陸間弾道弾の相互抑止で直接的な軍事衝突を回避し、西側諸国はソ連を「封じ込める」ことに成功した。
G7は世界のGDPの約7割を支配し、西側の安全保障は不可分の一体と認識し、政治・経済政策の調整を進め、国際社会のルールを構築していった。
そして冷戦は西側の勝利に終わった。1989年にベルリンの壁が崩壊し、ブッシュ(父)米国大統領とゴルバチョフ・ソ連大統領は冷戦の終了を宣言した。この頃、私は欧州に駐在していたが、ベルリンの壁が落ち、冷戦が終わるとは思ってもみなかった。
冷戦後30年間の時代は、日本では平成の30年の時代だ。資本主義の担い手である企業は国境を越え、ヒト、モノ、カネ、サービス、技術が縦横に動き回り、二つの事象を生んだ。資本や技術が流れ込み、安価な労働力を提供出来る発展途上国は新興国として大きな成長を達成した。先進民主主義工業国にほぼ独占されていた富は、新興国にも広がり、世界の力関係を変えた。
一方、先進民主主義国では、持つ者と持たざる者の格差を拡大し、それが是正されることなく進んだことへの不満は、既成の政党などの政治勢力に向いた。ソーシャル・メディアは過激な意見の伝達を容易にした。
ヒトの流れの自由化が移民や大量の難民を生み、自分たちの職業が脅かされているという危機意識は、ヨーロッパ中で移民を排斥する極右や極左の台頭を生み、英国はEU離脱を決めた。米国では既成の政治指導者は自分たちを切り捨ててきたと感じる米国民の多くがトランプ支持に廻った。
そして、いま世界を見ると、トランプ大統領だけでなくブラジルなどでもポピュリスト的政治家が国を率い、一方、習近平・中国国家主席やプーチン・ロシア大統領など専制的指導者が強権を行使する。これでは世界の安定的統治は望むべくもない。
このようなグローバリゼ―ション、そして、結果としてのポピュリズムが、引き続き国際社会を支配する趨勢となるのだろうか。
資本主義や社会主義は基本的には「富」を生み出すためのイデオロギーだ。資本主義世界の競争的自由市場の下で西側の成長は続き、社会主義経済の下では十分な経済成長を生むことはなかった。グローバリゼーションも冷戦に勝ち抜いた西側資本が富の拡大を求め、国境を越え世界中に進出したものであり、世界経済の成長を押し上げた。
ところが結果的に出てきたポピュリズム的政治は決して富を生むことには繋がらない。むしろ繁栄を損なうことになる。移民・難民を制限することにより生産力が損なわれるのは自明であるし、自国産業と雇用を保護するという名の下に保護主義に陥る事は、最適な国際分業体制を損ね、競争力を奪う。結果充満するナショナリズムも国家間の紛争を生み、繁栄を損なうことになる。
日本はポピュリズムに陥っていない例外的な先進国と言われる。戦後の累進課税は所得格差を是正するのに役立ったし、島国であることもあり、移民難民が社会の不安を掻き立てることもなかった。
しかし、巨大な与党に支えられているにもかかわらず、自公政権には政権維持のためのポピュリスト的アプローチが垣間見える。消費税増税を延期し続け、場合によっては消費に与える悪影響を緩和するため商品券を配るといったバラマキの考え方はポピュリズムそのものである。財政再建の負担を次の世代に延ばし続けてまでも今の選挙民の歓心を買いたいということか。
本来必要なことは抜本的な成長戦略であることは言われ続けて久しい。外国人労働力は認めても決して移民は入れないというのも問題の本質を惑わす。移民と言うか外国人労働力と言うかは別として、本来必要なのは外国人の人権にも配慮した十分吟味された受け入れる体制の整備だ。常に選挙を意識し、国内政治を重視した考え方では中長期的に優秀な外国人を確保する事には繋がらないし、決して日本の成長力を支えることとはならない。
それに加え、昨今の強いナショナリズムは更なる負荷を国際関係にかける。韓国大法院(最高裁)の徴用工の判決について日本は粛々と法に従い、理にかなった対応を続ければよく、ことさらに情緒的な言葉を使って日本国内の反韓感情を煽るのは如何なものか。
グローバリゼーション自体は世界の成長を生んだが、結果出てきたポピュリズムは繁栄を生むことはない。過去の歴史が示す通り、どこの国においても何時の日か、朽ちることとなるのは自明だ。ただ、各国が自己中心主義に陥り衝突するとか、財政破綻といった危機を迎えるまでに、ポピュリズムには終止符が打たれることを願う。
それでは、ポピュリズムに代わって社会のけん引力となる力をどこに求めるべきなのだろうか。
資本主義の論理やグローバリゼーションのように、富を生む結果に繋がらなければ社会をけん引する力にはならない。グローバリゼーションはさらに進むだろうが、成長の源泉はやはり技術革新なのだろう。それも社会全体が考え方を一新し、イノベーションを起こすという事でなければならない。
先進国でも新興国であっても、「イノベーション先導社会」に向かえるかが鍵となる。技術革新を抜本的に可能にする税制を整え、集中的な投資ができる国が生き残ることになる。そのような方向に社会の体制を変えられる政治の力こそが必要となるのではないか。
先進民主主義国にあって技術革新に向けての体制と能力を持つのは明らかに米国だ。シリコンバレーは民間の力で伝統的産業からITや金融そして今日、AIやICT、IOTといった技術革新を生んできた。米国では教育や企業経営の考え方には技術革新を促進するようなダイナミズムがある。
そして、専制体制の下にある新興国は技術革新を促進しやすいのかもしれない。中国はその最たる例だ。
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