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湾岸戦争の衝撃と「本流」宮沢首相の登場

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(3)

星浩 政治ジャーナリスト

イラク軍クウェート侵攻にあたり、多国籍軍への資金提供を中心とした支援策を発表する海部俊樹首相=1990年8月29日 、首相官邸拡大

衝撃的なイラク軍のクウェート侵攻

 1990年8月2日のイラク軍によるクウェート侵攻は、世界に大きな衝撃を与えた。

 ブッシュ(父)米大統領は直ちに動いた。その呼びかけで多国籍軍が結成された。日本政府は米国の要請に応え、8月と9月に10億ドルずつ計20億ドルの財政支援を決定。多国籍軍は50万人規模に増強されたが、イラクはクウェートから撤退しようとしない。多国籍軍の武力行使が迫ってきた。

 当時、外務省の事務次官(後に駐米大使)だった栗山尚一氏の回顧によると、米国では日本に対して、財政支援だけでなく自衛隊が何らかの形で多国籍軍に参加できないかという声が浮上していた(注1 栗山2016 P201)。「ショー・ザ・フラッグ(旗を見せろ)」である。

政府・自民党内の意見は割れた

 しかし、この戦争にどう向き合うのか、政府・自民党内の意見は割れていた。当時、自民党幹事長だった小沢一郎氏は、独自の考えを持っていた。小沢氏がまとめて考えを述べているインタビューがあるので、その概要を紹介しておこう。(注2 小沢2006 P30、P36~37)

 湾岸戦争は幕末の黒船来航と同じだ。冷戦が終わり、国際秩序が世界史的な規模で変わってきたのだから、甘ったれている場合ではない。日本は、こういうときこそ国際社会できちんとした役割を分担する一人前の国家にならなければならない。多国籍軍への参加は、憲法上、問題はない。米軍の戦闘活動の背後で、例えば野戦病院での医療活動などがやれないか。

 これに対して、自民党内「ハト派」の三木武夫元首相の流れをくむ海部俊樹首相は、自衛隊の派遣に難色を示していた。海部首相の本音を探った栗山氏によると、海部氏が派遣しようとしていたのは、自衛隊ではなく武器も携行しない「青年海外協力隊」の派遣だったという。(注3 栗山2016 P202)

 小沢氏との隔たりは大きかった。加えて、憲法解釈を担う内閣法制局は、多国籍軍への自衛隊派遣は、憲法が禁じている海外での武力行使に当たる可能性が大きいという見解を崩さない。外務省内では多国籍軍の後方支援に限定して自衛隊を派遣することで「概ねコンセンサスが得られていた」(注4 栗山2016 P202)という。

注1) 栗山尚一『戦後日本外交』(2016、岩波書店)
注2) 小沢一郎『政権奪取論』(2006、朝日新聞社)
注3) 栗山 前掲書
注4) 栗山 前掲書

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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