メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

中間選挙でトランプ対中外交は信任されたのか

山本章子 琉球大学准教授

中間選挙から一夜明け、ホワイトハウスで記者会見するトランプ米大統領=2018年11月7日、ワシントン

 ピュー・リサーチ・センターが2018年10月1日に発表した調査結果によれば、ドナルド・トランプ政権になってからアメリカに対する好感度が上がった国は、イスラエルとロシア、そしてケニアだけだった。そのほかの22カ国では軒並み、アメリカに対する好感度と米大統領への信頼度がともに2000年代で最も低くなった。

 興味深いことに日本の場合、バラク・オバマ前政権期には常に約6割以上あった対米好感度と大統領の信頼度のうち、大統領信頼度はトランプ政権期に大きく下がった(2017年は24%、2018年は30%)が、対米好感度は変わらない(2017年は57%、2018年は67%)。

 こうした諸外国の反応とは対照的に、一定数のアメリカ人にとっては、トランプ政権の外交政策は好ましいもののようだ。とりわけ、後述するように対中政策は、オバマ政権よりも世論の支持を得ているように見える。

 11月6日に投開票が行われた米中間選挙で、下院では民主党が8年ぶりに過半数を奪還したものの、上院ではトランプ大統領の所属する共和党が過半数を維持したという事実も、トランプ外交に対する一定数の国民の信任と無関係ではない。

 中間選挙では、連邦議会選挙と知事選挙が同時に行われ、中央政府に属する連邦議会議員の当選も、米政治の全体的な潮流とは必ずしも一致しない、選挙区ごとの政治メカニズムに左右される。

 しかし、下院の435議席に対して100議席しかない上院は、任期が6年と下院の3倍の長さになっていて、議員の威信がより高いとされる。また、上院は州全体を選挙区としており、各選挙区の人数に大差が生じないよう、10年ごとに選挙区割りが行われる下院よりも地域が広い。そうすると、1つの選挙区の中に、民主党が強い地域と共和党が強い地域が混在することになる。これらの事情から、上院は下院と比べて競争が激しく、現職が再選しにくい傾向がある(詳しくは、西山隆行『アメリカ政治入門』東京大学出版会、2018年)。

 したがって、今回の中間選挙では、35議席の改選が行われた上院において、改選議席数が共和党8に対し民主党は27あったので、当初から共和党が有利だと予想されていたが、共和党の過半数維持は必ずしも自明ではなかったのだ。

 その上、上院議員のポストは、将来の大統領や閣僚を目指す政治家にとって重要なキャリアパスであるため、上院議員やその候補は、地元の利益につながらない外交政策などについても、積極的に発言もしくは関与することが重要になる。それが、上院での共和党の過半数維持がトランプ外交への信任と無関係ではない、という前述の言葉の意味するところである。

民主党支持者ほど中国を経済的脅威と認識

 トランプ政権は2018年3月、鉄鋼を「過剰に」供給する中国を主対象として、アメリカに輸出される鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を課した。また、同年7月から9月にかけて3度にわたり、中国からの年間輸入額の約半分にあたる、計2500億ドル相当の中国製品に制裁関税を発動した。中国もこれに対して、大豆などの米国製品1100億ドル分(アメリカからの全輸入の85%に相当)に報復関税を課した。

 このような措置の背景には、2018年に入ってからアメリカの対中貿易赤字が膨らみ、7月には過去最高の368億ドル(財のみの国際収支ベース、季節調整前の額)に達したことがある。

 中国の報復関税による大豆価格の下落で打撃を被った大豆産地のアイオワ州では、今回の中間選挙の知事選において、現職の共和党候補が勝利した。地域の産業に損害を与えた大統領と、同じ政党の候補者がなぜ勝てたのか。それは、アメリカ人の間で、中国脅威論がかなり浸透していることによる。

 シカゴ・グローバル評議会が10月に発表した分析結果によれば、アメリカ人の39%が中国は「重大な脅威」になりつつあると考えている。ただし、中国に対する脅威認識は、国際的テロリズム(66%)、北朝鮮の核開発(59%)、イランの核開発(52%)に対するものよりも低く、「潜在的脅威」として挙げられた12項目の中では8番目にすぎない。また、対中脅威認識が56~57%を維持していた1990年代と比較すると、現在の方が対中脅威論は弱まっていると見ることもできる。

 とはいえ、ジョージ・W・ブッシュ政権期に30%台まで下がった対中脅威認識が、オバマが米大統領選に当選した2008年から40%に上昇して以降、ほぼ同じ割合を保っている事実を見逃してはならないだろう。

(出典:シカゴ・グローバル評議会調査)

 問題は、「中国の脅威」の中身である。

 アメリカ人は、中国を軍事的な脅威と見る者(39%)と、経済的な脅威と見る者(42%)に分かれている。しかも、中国の経済的脅威をより深刻にとらえる傾向が顕著なのは、共和党支持者よりも、むしろ民主党支持者の方だ。民主党支持者の54%が、中国との経済戦争の可能性を、中国の台頭そのものよりも強く懸念している。これに対して、同様の見方をする共和党支持者は28%にすぎない。

 伝統的に、民主党の支持基盤は労働組合だ。そして、製造業の労働組合は常に、自国の産業を保護する貿易政策を求めてきた。米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)のリチャード・トラムカ議長は2018年3月、鉄鋼・アルミニウムに輸入関税を課したトランプ政権の貿易政策を、「偉大なる第一歩」と称賛し、労働者にとって素晴らしい政策だと評価している。

 民主党支持者がトランプ政権の保護貿易に賛成していることが、中間選挙において、アイオワなど農業州での共和党の勝利や、外交政策の専門家が集う上院での共和党の過半数維持の一因となったのだろう。

オバマの対中政策の遺産

 中国の脅威が軍事的なものか、経済的なものかで見解が割れているのは、アメリカ人が中国の「力」の源をどのように見ているのか、ということとも関係している。

 シカゴ・グローバル評議会の調査によれば、アメリカ人の47%が、中国の対外影響力を支えているのは経済力だと考えているという。中国の技術革新が対外影響力の梃子となっている、と考えるアメリカ人も21%にのぼる。

 他方、中国の軍事力がその対外影響力の源だと見ているアメリカ人は、わずか12%にすぎない。これは、自国の対外影響力の源泉を軍事力に求めるアメリカ人が35%にのぼり、経済力に求めている24%を上回っていることと関連する。アメリカの軍事力が他の国々を圧倒しているかぎり、中国の軍事的な影響力は限定的なものにすぎない、というアメリカ人の自信の表れであろう。

 しかしながら、共和党支持者や共和党系の外交・安全保障専門家の間では、オバマ前政権が、中国の唱える「核心的利益」や「新型大国関係」を認めるかのような態度をとったことで、対中抑止力が弱まり、中国の南シナ海進出などにつながったという認識が強い。つまり、オバマ政権の対中政策が、中国の軍事力はそれほど評価しないが、中国の軍事的脅威は強く認識する世論を生みだしたと推測できる。

ホワイトハウスで会見するオバマ氏=2017年1月18日、ワシントン

 今回の中間選挙では、トランプ大統領が精力的に、接戦に苦しめられる共和党候補を支援して遊説を展開したのに対抗して、オバマ前大統領が各選挙区の民主党候補の応援演説に回った。だが、オバマの外交的遺産が、トランプの対中強硬外交を、ほぼ唯一の超党派の合意が得られる政策たらしめているというのは皮肉なことだ。

 加えて、ジェームズ・マティス国防長官の存在が、トランプ政権の対中政策を安全保障面から支えているという指摘もある。彼は、オバマ前政権では、2015年のイラン核合意を批判して、中央軍司令官を解任されている。だが、トランプ政権では、閣僚や大統領側近がたびたび入れ替わる中で、政権発足当初から閣僚として重きをなしてきた貴重な人物である。

 マティスは、2017年12月に発表した国防計画で、中国やロシアを「戦略上の競争相手」と位置づけ、「テロとの戦い」の舞台である中東から、東アジアへと米軍配備の比重を移行して、両国に対抗するという新たな戦略を打ち出した。同政策と、経験の豊かさや高い専門性、閣僚にふさわしい人格なども総合して、マティスは、連邦議会の共和党議員たちだけではなく、民主党議員たちからも高く評価されている。トランプが何をツイートしようとも、マティスがいれば大丈夫だというわけだ。