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オスカルとアンドレはどうして結婚できないの?

エンタメ を楽しみながら、日本国憲法のエッセンスを体得する(2)

内山宙 弁護士

ベルサイユ宮殿。過去の栄華の跡をとどめるラ・コンシェルジュリーにはマリー・アントワネットの独房が再現されている拡大ベルサイユ宮殿。過去の栄華の跡をとどめるラ・コンシェルジュリーにはマリー・アントワネットの独房が再現されている

マリー・アントワネットの政略結婚

 読者の皆さんの中で政略結婚をさせられたという方はいらっしゃるでしょうか?

 ま、当然、いらっしゃらないかと思いますが、「ベルサイユのばら」の時代には当たり前のようにされていました。

 「ベルサイユのばら」の主人公マリー・アントワネットは、オーストリアのハプスブルク家の女帝・マリア・テレジアの娘でした。マリー・アントワネットがフランスの王太子に嫁ぐ以前は、フランスとオーストリアの仲は険悪で、戦争ばかりしてきました。それが、隣国プロイセンの圧力が強くなってきたことから、フランスとの関係改善を図るために政略結婚をしようとしたのです。それも、マリー・アントワネットが恋も知らないうちに。

マリー・アントワネット (ルーブル美実案所蔵)拡大マリー・アントワネット (ルーブル美実案所蔵)
 ところが、期待して結婚してみたら、夫は風采が上がらず、気の利いたことも言えず、身体的な問題から夫婦の関係も上手く持つことができず、マリー・アントワネットは寂しい思いをするようになります。それでパリの夜会に参加して遊んで憂さ晴らしをするのですが、そこでスウェーデン貴族のフェルゼンと出会ってしまい、初めて恋を知るのです。しかし、王太子妃・王妃という立場から許されぬ恋に苦しむことになってしまいます。

 ところで、実は元々、フランスに嫁ぐはずだったのは、マリー・アントワネットのすぐ上の姉マリア・カロリーナでした。しかし、さらにもう一つ上の姉マリア・ヨーゼファが天然痘で亡くなってしまったため、マリア・ヨーゼファが嫁ぐ予定だったナポリにマリア・カロリーナが繰り上がって嫁ぐことになり、玉突きでマリー・アントワネットがフランスに嫁ぐことになってしまったのです。

 政略結婚なので、本人の意思とは関係なく、「繰り上がって結婚する」なんていうことが起こります。そして、なにしろ予定外だったので、ダンス好きで勉強が嫌いな、帝王学など何も学んでいない、恋も知らない14歳の娘が将来のフランス王妃になるのです。このことがフランスやマリー・アントワネット自身にとって不幸の始まりだったのかもしれません。

 一方、ナポリに嫁いだマリア・カロリーナはとても賢く、ナポリ王国で政治の実権を握っていたほどでした。もし当初の予定どおりマリア・カロリーナがフランスに嫁いでいたら、フランス革命の展開や歴史の流れはもう少し違っていたかもしれません。

恋愛結婚だった君主たち

 このように娘たちは政略結婚に出していた女帝マリア・テレジアなのですが、自分は恋愛結婚でした(その結婚をフランスに認めさせるために、夫となるフランツ・シュテファンは自分の領地ロレーヌをフランスに譲渡せざるを得なくなったりしますが)。もう少し時代が下ると、同じくハプスブルク家の若き皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は婚活の結果、渋る母親を押し切って、一目惚れをしたエリザベートと結婚することになります。エリザベートも当初は割とその気になって結婚したのですが、厳しい義母と宮廷のしきたりに嫌気がさして宮廷に寄り付かなくなってしまいます。「宝塚」で舞台にもなっていますね。

 恋愛結婚だったら幸せとは限らないというのは、今も昔も同じようです。とはいえ、このように恋愛結婚できたのも、君主だったからという側面はあったと考えられます。君主でなければ恋愛結婚できない世界ってどうなんでしょうね。

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筆者

内山宙

内山宙(うちやま・ひろし) 弁護士

1974年、愛知県生まれ。中央大学法学部卒、成蹊大学法科大学院修了。裁判所勤務の傍ら夜間の法科大学院に通い、2007年司法試験合格。08年弁護士登録(静岡県弁護士会)。静岡県弁護士会・憲法委員会委員、日弁連・法科大学院センター委員。エンタメ作品を題材とした憲法の講演を多数回開催している。著書に『これでわかった!超訳特定秘密保護法』(岩波書店・共著)、小説『未来ダイアリー もしも、自民党改憲草案が実現したら?』(金曜日)などがある。

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