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ネットがもたらした「共通体験」の減少

――国際情勢や社会状況が変わった以上、仕方がない、と

西田 そのとおりです。くわえて指摘できるのはメディア環境の変化です。インターネットが登場する前は、コミュニケーションの速度が遅く、頻度も少なかった。一般の人が政治や社会のことを知るのは、新聞なら朝刊と夕刊、テレビニュースは朝昼晩と3回タイミングがあったとして、あとは学校や職場の口コミくらいでした。

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 ところが、ネットが出てきて以後、四六時中そういった情報に触れるようになった。情報量が増えたのと同時に、接触する頻度も増えています。今だとツイッターやニュースサイトから、24時間365日、プッシュ通知で情報が送られてきます。

 これが意味するのは、「共通体験の減少」です。マスメディアが公共的なコミュニケーションの支配的地位にあった時代には、メディアの共通経験を一定程度あてにできました。たとえばネットがなかった時代には、新聞のオピニオンを見て、賛成か反対か議論できた。「世界」や「中央公論」などの月刊誌を読んで、こんなことが書いてあったと言いながら議論したわけです。保守にしてもリベラルにしても、お互い十分見通せる範囲で、これを見てものを言えば良いという相場観を形成可能だった時代です。

 今、月刊誌や論壇誌は読まれていますかね。おそらく研究者でも、それらすべてに目を通しているという人は少ないんじゃないですか。人文社会科学でさえ、専門分野と論壇の距離がずいぶん遠くなりました。多くの研究者も論壇よりも専門分野への関心を強めています。それどころか、僕と同世代の人文社会科学系の研究者でさえ、新聞を読んでいないという人は少なくない印象です。

 「実は新聞をとっていない」という話は、大学院生のみならず、よく耳にします。一方、ネット上のコミュニケーションには真偽が怪しいものがたくさんあるわけです。そもそも陰謀論やマーケティング意図をもったPR記事は耳目を引きやすいですし、最近ではソーシャルメディア上の「ポストトゥルース」や「シャープパワー」の問題にも懸念が高まっています。

シャープパワーがフェイクニュースを拡散

――シャープパワー?

西田 シャープパワーとは、米大統領選におけるロシアのフェイクニュースの流通や、中国の孔子学院を通じたある種のプロパガンダといった、民主主義国に対する第三国からの世論操作みたいなことを指す概念です。民主主義国で重要視される言論の自由に乗じてフェイクニュースを流通させる、これは必ずしも違法行為とは言えない。けれども、フェイクニュースを参照しながら有権者が投票するとなると、民主主義の基盤が毀損(きそん)されやすくなります。

 このように、ネットを通じた、様々な思惑を持っている人による恣意(しい)的な介入が、多々見られるようになっています。この問題の難しさは、安易に規制すると言論の自由を毀損してしまいかねない一方で、放置すると政治的正統性に疑義が生じかねないところにあります。イギリスのEU離脱や米国の大統領選後の混乱がそれを物語っています。

 日本でも、ネット選挙運動の解禁がなされた2013年に自民党は「トゥルースチーム」という組織を作り、ネット上の言説の分析をしながら、効果的な演説の仕方やネット発信の仕方を研究開発していました。論争的な話題への直接的言及をうまく避けながら、かといって嘘もつかずにうまく演説する方法が、政治の側ではノウハウとして蓄積されるようになってきているのです。

 現在では、他の政党も同種の政治マーケティングに一定のコストをかけるようになってきています。かたや生活者に目を向けてみると、共通体験が乏しくなり、無防備なままで、新しい情報技術を活用しながら高度化していく政治からの動員に屈しやすくなっているように見えます。耳に心地よいメッセージに脊髄(せきずい)反射しやすくなっている、と言えば分かるでしょうか。

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筆者

西田 亮介

西田 亮介(にしだ・りょうすけ) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授

1983年生まれ。慶応義塾大学卒。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。専門は情報社会論と公共政策。著書に『ネット選挙』(東洋経済新報社)、『メディアと自民党』(角川新書)、『マーケティング化する民主主義』(イースト新書)など。

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