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ポスト安倍の切り札は保守本流のリーダー

田中秀征、佐高信の両氏が語る、安倍首相に代わる人の条件とは

田中秀征 佐高信

佐高信氏佐高信氏

 この秋、自民党総裁3選を果たした安倍晋三氏。第4次安倍改造内閣を率い、3年の任期を見据えて、残された懸案の解決に臨む。政権のゴールが見え始めるなか、気掛かりなのは「ポスト安倍」だ。総裁選では石破茂氏が“善戦”したとされるが、安倍後継たり得るのか?次期リーダーに名乗りを挙げる若手や中堅はいないのか?

 近著、『平成史への証言 政治はなぜ劣化したか』(朝日新聞出版)『自民党本流と保守本流 保守二党ふたたび』(講談社)で、平成の政治を振り返りつつ、政治の先行きを考えた元経企庁長官の田中秀征さんと、『国権と民権 人物で読み解く平成「自民党」30年史』(共著、集英社新書)で平成の自民党を論じた評論家の佐高信さんに、「ポスト安倍」について対談してもらった(WEBRONZA編集部)。

遠心力しか働かない期限付きの政権

――第4次安倍晋三改造内閣が秋にスタートして以来、「安倍一強」と言われてきた状況が少し変わってきた気配もあります。今の安倍内閣をどう見ますか?

田中 安倍さんは秋の自民党総裁で3選を果たし、引き続き政権を担いました。総裁選で安倍さんは3年後には辞めると明確に言いましたが、期限付きの政権というのは、日本の憲政史上初めてではないかと思います。

 任期が決まっているアメリカ大統領は、期限までに次の大統領を選ぶルールがあるので、現職大統領が任期いっぱい仕事をする傍ら、ルールに沿って後継を選べばいいですが、そうしたルールがない日本で、3年後に辞めることが決まっている政権がどうなるか。普通に考えて、求心力が衰え、遠心力しか働かない状態が続くと思います。これはどんなに立派な首相でも同じでしょう。

腹立たしい「代わる人がいない」という言い方

佐高 最近のメディアを見て腹立たしいのは、安倍さんに代わる人がいないという言い方です。そんな話はこれまで何度も聞いてきました。たとえば佐藤栄作政権の時も、後継が育っていないと言われました。後継者が現職ほどうまくやれるかどうか分からないのは当たり前。ポスト安倍はいないという物言いは、安倍さんを応援していることに他なりません。

沖縄県知事選に当選し、カチャーシーを踊って喜ぶ玉城デニー氏(中央)=2018年9月30日、那覇市沖縄県知事選に当選し、カチャーシーを踊って喜ぶ玉城デニー氏(中央)=2018年9月30日、那覇市
田中 9月30日の沖縄県知事選で自民党と公明党の推す佐喜真淳氏が落選、オール沖縄の玉城デニー氏が当選しました。これも安倍さんにとってはかなりの逆風です。

佐高 沖縄県知事選をみて思い出したのは、田中さんの「自民党本流と保守本流は違う」という指摘です。沖縄の自民党は、亡くなった翁長雄志・前沖縄県知事に象徴されるように、保守本流の自民党でした。翁長さんが辺野古移設に反対し、自民党から「裏切り者」と非難される状況で、本来の保守本流を蘇らせられないかという思いが、玉城氏を後押しした感じがするのですが。

保守本流が実現した玉城デニー沖縄県知事

田中 その要素はすごく強いと思います。玉城知事を実現した主軸は、かつての保守本流でしょう。

田中秀征氏田中秀征氏
佐高 田中さんは翁長前知事には会ったことはありますか。

田中 ないです。ただ、翁長さんは一貫して保守本流に属した地方政治家です。翁長さんの著書『戦う民意』を読むと、自民党総裁(首相)だった橋本龍太郎さんに沖縄県議だった翁長さんが会いにいったときのことが書いてあります。

 基地問題について話すために自民党総裁室を訪ねたら、わざわざ列の最後尾に回された。おかしいなと思って待っていたら、他のすべての面会が終わった後に橋本さんが出てきて「沖縄を5分ですますわけにはいかないからね。最後に回ってもらったよ」と声をかけられ、1時間ほど話し込んだと言います。

 保守本流の系譜に連なる橋本さんにすれば、当然のことでした。沖縄となると、首相や閣僚がなかなか会おうとしない今の政権では考えられない対応です。

佐高 翁長さんという人が端倪(たんげい)すべからざると思ったのは、玉城デニーを後継者に指名したことです。誰も考えていなかった玉城に目を付けていたのはすごい。

田中 革新は基地を全否定するけれど、保守本流の翁長さんは国の安全保障のためなら、ある程度、我慢しようじゃないかと言う。自民党がそういう人を相手にしないのは変です。保守本流と今の主流である自民党本流の違いが一番明確にでるのは、沖縄問題への対応ですね。それと集団的自衛権への対応。

石破氏の健闘は保守本流の復活か?

佐高信氏佐高信氏
佐高 翁長さんが沖縄知事になる前、基地問題をアピールしながら銀座を沖縄の首長と歩いたときに、「売国奴」という言葉を浴びせられる。保守の彼にですよ。そこまできちゃったわけですね。

 ところで、先の自民党総裁選では石破茂さんを保守本流の系統である竹下派が支えましたが、これは自民党本流と保守本流の対決の構図とみていいのですか。

田中 それなりの数の党員や議員が石破支持に回ったのは、安倍路線に代表される自民党本流とは違う流れを求める人がいたことを示しています。ただ、保守本流の神髄である歴史認識に関し、石破さんは明確ではない。だから、石破さんの健闘が保守本流の復活につながるとは速断できません。

 保守本流と自民党本流の一番の違いは先の戦争への評価です。間違いだったというのが保守本流。実は、保守本流には二種類あります。ひとつは戦前からこの戦争は間違いだと思っていた人。宮沢喜一や石橋湛山がそれに該当します。もうひとつは負けてから、とんでもない間違いを犯したと気付いた人。代表は吉田茂です。

 これに対し、自民党本流はあの戦争は間違ってはいなかったと考える。やり方がまずかった。相手がいけなかった。準備が不十分だったと。この流れは、奇妙なことに、日米の軍事的一体の方向に流れていく。その中で、沖縄の痛みに無自覚になりました。

岸田文雄さんには疑問符

佐高 元来、保守本流の宏池会の流れをくむ岸田文雄さんを竹下派が担ぐ戦略はなかったのでしょうか。

田中 岸田さんがでるといえば、そういう可能性もないわけじゃなかった。推薦人が集まらない野田聖子さんが立たないというのは分かるけど、20人以上の同士がいるのに立たないというのは、どうなのか。むしろ、中谷元さんら数人が集まっている、宏池会系の谷垣禎一さんのグループのほうが見どころがあります。

 同志的な結合が強く、主張が明快な少数のグループがまず国民の支持を得て、そこに他の政治家がなびいてくるのが筋だと思います。大きな事業をしようとするとそうなるはずなのです。そうした状況は明らかに熟している。需要があるのに、供給がない。

リベラル政党の役割は政権への適切な批判

佐高信氏佐高信氏
佐高 昨年、立憲民主党を立ち上げた枝野幸男さんが支持を集めたのも、主張が明確なグループの登場を世論が求めていたからでしょうか。

田中 立憲民主党のような政党が強くなって政権をとれればいいという人もいますが、それはあり得ません。

 国家の統治を常に考え、無法な国家の襲撃に耐えうる、あるいは大きな災害に耐えうる、国民の安全な日常生活を守る国をどうつくるかといったことに最大限の関心を集中させ、責任をもつ勢力を私は保守といっています。そうした保守政党が政権をとり、それに対して健全で適切な批判をするのがリベラル政党の役目です。立憲民主党の役回りはそこにあると思います。自らが政権を獲るのではなく、政権に適切な助言や批判をする勢力を目指せば100人以上は軽く、さらに伸びていくでしょう。

佐高 先ほども言いましたが、安倍さんの代わりがいないという言い方を、私はしたくない。突然、国政に登場して1年で首相になった細川護熙さんみたいなケースもありますから。

田中 職業として国会議員をやる人は、いわば員数要員。指導者に従う存在です。指導者は外から注入しないとダメかもしれない。まさに細川さん的な出方です。

学者は政治のリーダーになれるか?

佐高 たとえば地方の首長はどうでしょうね。

田中秀征氏田中秀征氏
田中 いないこともないけど、私はむしろ学者なんかどうかと思っています。なかでも憲法学者。あえて挙げるとすれば、早稲田大学の長谷部恭男教授とかですね。なぜ憲法学者かというと、憲法に対する姿勢が明確で、それは先の戦争への評価と関連しているからです。骨のある学者を自民党の若手の良質な人たち4、5人が担ぐ。そうなったら政治は動く。

――首都大学東京の木村草太教授はどうでしょうか。

田中 木村草太さんもそう。基本的なところがきちんとしていて、イケイケドンドンの拡大膨張主義ではない点が重要です。

佐高 私は、学者はちょっと待ったですね。社会は良かれ悪しかれ生もので、大学というのは干物だと私は思う。干物に生もののことは分からない。

田中 学者は基本線を変えないということで信頼できます。

佐高 空気抵抗の少ないところで基本を維持してきた人と、空気抵抗のあるところでなお、基本を維持している人の違いは、あると思います。だったら政治家の中にいないのかという感じですね。

田中 今日、明日ではなくて、これからの可能性となると、たとえば小渕優子さんなんかもいい。そういう政治家を憲法学者が支え、国についての軸足を固める必要があります。

佐高 学者は冒険できないから、どうでしょうね。小渕優子さんはいいですか。

自立心がある女性の二世

小渕優子さん小渕優子さん
田中 保守に明確に足場を置いているし閣僚経験もある。土着性のある地方の具体的な人に支持されているのが大きい。

佐高 小渕さんは二世ですが。

田中 女性の二世は男の二世と違う。大阪の船場(せんば)は、娘と番頭を一緒にして後をつがせたというでしょう。

佐高 養子資本主義ですね。

田中 娘は父親に依存する気が少ない。息子で後をついだのは、みんな親の地盤に乗っかる。女性のほうが自立心があるというか、父親から創業者精神を引き継ぐのではないか。

佐高 おもしろい見方ですね。

田中 ともあれ、今は自民党の中で有力な人を見いだすより、外で地歩を築いた人を自民党の人たちが何人かで担ぐのがいいと思います。ただ、一人でも変なのが入ってきたら、ダメになる。そこは気をつけなくてはいけない。

保守本流の人材が現れる時代?

佐高 橋下徹・前大阪市長を私は警戒しているのですが。

田中 橋下さんが出てきて勢力を築けば、それもいいでしょう。だけど、いわゆる保守本流の人が現れ、「この指とまれ」という可能性が、ここまで時代が熟してきた今、ないとはいえないと感じています。幕末だって、高杉晋作や坂本竜馬の出現を当時の人たちは誰も予測していなかったでしょう。

佐高 細川さんが1990年代初め、日本新党を旗揚げして、自民党から政権を奪った時も、誰も予想していなかった。

田中 「無所属の会」代表の岡田克也さんには期待していました。今でもそういう気がどこかにあるけど……。

リーダーに年齢は関係ない

佐高 年齢は関係ないですね。年は若くても、古い考えの政治家もいるし。逆もしかり。

田中 私たちが自民党を離党して新党さきがけをつくった時、当選2回の議院が大半でした。今の自民党に山ほどいる当選2回の議員は何をしているのか、残念ですね。

佐高 斎藤健さんはどうですか。

――経産省出身で当選4回、前の農水大臣です。

田中 ああ、彼ね。

佐高 評判はいいですが。

田中 竹下亘さんがおもしろい。兄貴の竹下登・元首相にはかなわないと思っているようですが、小渕優子さんを立てるかもしれない。

佐高 林芳正さんはどうですか。

田中 文部科学大臣でいながら、どうして加計学園の獣医学部をそのまま認可したのか。もういちど手続きをやり直せと差し戻せばいいのに。あの立ち場にいて、それができない人間はどうでしょうか。

小渕優子さん、前川喜平さん、中谷元さん……

前川喜平氏前川喜平氏
佐高 前川喜平(元文科事務次官)さんは。

田中 前川さんが政権に反旗を翻した時は期待しましたが……。

佐高 田中さんが小渕優子推しなら、私は前川推しでいきましょうか。

田中 二人で一緒にやればいい。谷垣グループの中谷さんも引っ張り込めばいい。彼は自衛隊にいて、安保でもイケイケドンドンではない。宏池会の中では人物だし、宮沢喜一さんも買っていました。

佐高 前防衛大臣の小野寺五典さんも宏池会ですよね。

田中 弁もたつし、理解力もあるし、人材だと思うけど、筋はまだはっきりしない。

もっと愚直さがほしい小泉進次郎さん

佐高 小泉進次郎さんはどうですか。

田中 現段階では「三角印」ですね。世の中をこうしたいという考えが見えません。

小泉進次郎さん小泉進次郎さん
佐高 同感です。人柄の良さは認めますが。

田中 一言でいうと、もっと愚直さがほしい。そういうことです。

佐高 そこは、オヤジの小泉純一郎・元首相を引き継いでないね。オヤジは香車の一歩道なのに。

田中 小泉進次郎さんで注目しているのは国会改革。議院運営委員会が主導して調査機関をつくるよう提唱しています。

 念頭にあるのは、東京電力福島第一原子力発電所の事故にからみ、憲政史上初めて国会にできた「国会原発事故調査委員会です。モリカケ問題のようなことが起きれば、議運主導で国会に公平な組織をつくり、与野党の非難合戦にならないかたちで調査をする。そうして、政府の行き過ぎや過ちなどをチェックするという。これは自分では考えつかなかったことなので、感心しました。もしこれをやれば、大変な展開になりますよ。

 国会改革の「同士」だという福田達夫さん、山下貴司さん、また、9月に一緒にニュージーランドに視察に行った小渕優子さんらでグループをつくり、どんどん進めてほしいです。

佐高 いずれにせよ、安倍政権は急速に下り坂に入っている。

田中 そう思います。それもどうしようもないぐらいに。ポスト安倍にステージが移る環境は、間違いなく整っています。その環境を見過ごすとしたら、とても将来の指導者とは言えないでしょう。

田中秀征氏(右)と佐高信氏(左)田中秀征氏(右)と佐高信氏(左)

田中秀征(たなか・しゅうせい)
1940年長野県生まれ。福山大学経済学部教授を経て、現在、客員教授。東京大学文学部西洋史学科、北海道大学法学部卒。83年衆院選で初当選。93年、新党さきがけを結成。細川護熙政権の首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日新聞出版)、『自民党本流と保守本流 保守二党ふたたび』(講談社)、『日本リベラルと石橋湛山』(講談社メチエ)など著書多数
佐高信(さたか・まこと)
1954年山形県生まれ。経済誌記者を経て評論家。慶応義塾大学法学部卒。『自民党と創価学会』(集英社新書)、『「在日」を生きる』(共著、集英社新書)など著書多数

(対談撮影:吉永考宏)