2018年11月16日
ボストン・レッドソックスが5年ぶり9回目となるワールド・シリーズ優勝を決めて幕を下ろした2018年の大リーグは、シーズンが終わっても話題にこと欠かない。
もちろん、2014年以来となる日米野球も人々の関心を惹く材料だ。しかし、それ以上に大きな注目を集めたのが、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手がアメリカン・リーグの新人王に選ばれたこと。それに比べれば、日米野球の存在感はいささか薄れる。
投票権を持つ全米野球記者協会所属の30人の記者のうち25人が大谷選手を1位に選び、4名が2位に投票している。記者は新人王の有資格選手を対象に、1位から3位までを記入投票する。「1位」の欄に25回名前を書かれた大谷選手は、記者の8割以上から「新人王にふさわしい」と支持を受けたことになるから、文字通り新人王争いに圧勝したことになる。
とはいえ、成績を眺めるなら、新人王の有力な候補であったニューヨーク・ヤンキースのミゲル・アンドゥハー選手とグレイバー・トーレス選手の「ヤンキース・デュオ」の方が、出場試合数、安打数、本塁打数、打点数のいずれでも大谷選手を上回っている。
それでは、なぜ大谷選手は2018年のアメリカン・リーグの新人王となれたのだろうか。
大谷選手の成績、置かれた環境、記者や観客の気質を手掛かりに考えて見よう。
大谷選手といえば、北海道日本ハムファイターズ時代の2016年にパシフィック・リーグの最優秀選手(MVP)に選ばれており、球界を代表する選手であったことは周知の通りだ。
その一方で、スプリング・トレーニングの際には、投打ともに大リーグへの適応に苦しみ、精彩を欠いていた大谷選手の様子から、「二刀流」に懐疑的な見解を示す関係者は少なくなかった。
だが、投手として初登板した試合で勝利を収め、打者として2試合目の出場となった本拠地開幕戦で本塁打を放つなど、春先の不振を拭い去る活躍を示すと、「二刀流は無理」という意見は影を潜め、代わりに「投打でどれだけの成績を残せるのか」という点に注目が集まった。
右肘の内側側副靱帯の損傷で故障者リスト(DL)に入り、シーズンの3分の1を欠場することになった大谷選手が、最終的に残した記録は、投手としては10試合に登板して4勝2敗、防御率3.31、打者としては出場試合104、打率.285、22本塁打、61打点であった。
それでも、大リーグ公式サイトの記者であるマット・ケリー氏のように「出場試合数が限られた中でも指名打者として2018年のアメリカン・リーグで最高の成果を示した」と、打者としての大谷選手の活躍を高く評価する声があるのも事実だ。
くわえて、MLB公式サイトのエンゼルス担当記者のマリア・グアルダード氏が「電子機器のように精密」と表現した投手としての活動も見逃せない。
大リーグ関係者の多くは、「大谷よりもよい打者も優秀な投手もいる。だが、大谷のようによい打者であり優秀な投手である選手はいない」という点で意見が一致している。すなわち、大谷選手は肘の故障のため、登板数こそ10試合であったが、10試合の中で人々に深い印象を与えることが出来たために、「ヤンキース・デュオ」よりも優れた活躍を示したと考えられたのである。
すなわち、大谷選手は「二刀流」であったことで、新人王を獲得することが出来たと言えるだろう。
しかし、大谷選手がどれほど「二刀流」としての能力を持っているとしても、実際の試合で投手として登板し、打者として打席に立つことがなければ、実力を示すことは出来ない。とすれば、大谷選手を投手と打者で出場させたエンゼルスのマイク・ソーシア監督(2018年シーズン末で退任)の采配も、大きな意味を持ってくる。
一昔前まで、大リーグの監督の役割と言えば、ゼネラル・マネージャーから与えられた戦力を駆使するフィールド・マネージャー、すなわち「現場の指揮官」であった。さらに時代をさかのぼれば、自らの経験と勝負勘、そして鋭い観察眼によって采配を振るい、勝利を手繰り寄せる者こそが監督だった。
だが、2000年代に入って、数学や金融工学、経営学などを専攻し、野球との関わりの深くない人物がゼネラル・マネージャーを務める事例が多くなると、監督の経験と勝負勘よりも統計を重視し、観察眼よりも定量的な情報に価値が置かれるようになってきた。
そのため、多くの球団において、職制上も上級副社長の肩書きを持つゼネラル・マネージャーに対し、無役の監督は「現場の指揮官」から「ゼネラル・マネージャーの指示を忠実に遂行する中間管理職」の様相を呈するようになってきた。
こうしたなかで、2018年にエンゼルスの監督を務めて19期目を迎えたソーシア監督は、ゼネラル・マネージャーの指示を実行はするが、2009年に2018年まで10年間にわたる長期契約を結ぶほど、球団首脳から厚い信頼を獲得する実力派だ。
そのようなソーシア監督だからこそ、スプリング・トレーニングでの不調にもかかわらず、大谷選手を開幕戦から出場させ、周囲の不安の声を意に介さず、大谷選手を打者としても投手としても起用することが出来たのである。
さらに、球団を所有するアルトゥーロ・モレノ氏の存在も大きい。
米国のプロスポーツで初の「ヒスパニック系オーナー」となったモレノ氏は交渉上手として知られるだけでなく、球団の利益となるなら常識にとらわれない施策を行うことでも有名だ。
2005年にエンゼルスのオーナーとなった際、球団名をそれまでのアナハイム・エンゼルスからロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムに変更。2016年からはロサンゼルス・エンゼルスに改称するなど、球団の知名度の向上のためなら、改名もいとわないというモレノ氏の面目躍如だ。
人目を集められるものなら何でも試そうとするモレノ氏にとって、大リーグで絶えて久しい本格的な“two-way”(二刀流)になる可能性のあった大谷選手は格好の宣伝材料だ。
もし、ソーシア監督のような実力派ではない人物が監督を務める球団であれば、ゼネラル・マネージャーは監督に対して、大谷選手の「二刀流」を禁じたかもしれないし、開幕当初はマイナーリーグでの調整を命じたかもしれない。しかし、モレノ氏から強く支持されるソーシア監督が相手となれば、ゼネラル・マネージャーがどれほど難色を示しても、最終的には「オーナーのご意向」が通ることになる。
それだけに、大谷選手の「二刀流」としての可能性に疑いを持たなかったソーシア監督と、ソーシア監督の背後に控えるモレノ氏こそは、「新人王・大谷」が誕生する影の功労者であったと言えるだろう。
「二刀流」として一定の実績を残したこと、そして球団首脳陣の理解があったことが、大谷選手の新人王獲得に寄与したことは明らかだ。
さらに言えば、新人王の投票権を記者や観客が持つ一般的な傾向も、大谷選手にとって追い風となったのである。
米国は2026年に建国から250周年を迎える。だが、今も米国民の多くは「成熟した国」というよりは「若い国」と考えている。さらに、国土から物理的な開拓地(フロンティア)が消滅した現在でも、新規で創造的な事柄に取り組むことを肯定し、たとえ挑戦が失敗しても挑戦そのものの意義を高く評価する開拓者精神(フロンティアスピリッツ)は残っている。
しかも、サンフランシスコ・ジャイアンツのマディソン・バンガーナー投手のように打撃の良い投手はいても、投打の両方に秀でている選手がいないなかで、日本からやって来た大谷選手が、投打のいずれでも正選手として遜色のない成績をあげたことは、米国民に「開拓者・大谷」という印象を与えるには十分であった。
大谷選手は、今なお米国民の間に息づく開拓者精神の体現者であり、「米国気質」に合致したのだ。
佐々木投手やイチロー選手と同様、大谷選手も日本でMVPを獲得している。それだけに、かつて起きた「資格論争」同様、「日本でMVPを受賞した選手を新人とは見なせない」という指摘が大谷選手に適用されても不思議ではない。
だが、実際には大谷投手の新人王受賞に対し、資格を問う声はほとんど起きなかった。何故だろうか
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