意味を持つソーシア監督の采配
しかし、大谷選手がどれほど「二刀流」としての能力を持っているとしても、実際の試合で投手として登板し、打者として打席に立つことがなければ、実力を示すことは出来ない。とすれば、大谷選手を投手と打者で出場させたエンゼルスのマイク・ソーシア監督(2018年シーズン末で退任)の采配も、大きな意味を持ってくる。
一昔前まで、大リーグの監督の役割と言えば、ゼネラル・マネージャーから与えられた戦力を駆使するフィールド・マネージャー、すなわち「現場の指揮官」であった。さらに時代をさかのぼれば、自らの経験と勝負勘、そして鋭い観察眼によって采配を振るい、勝利を手繰り寄せる者こそが監督だった。
だが、2000年代に入って、数学や金融工学、経営学などを専攻し、野球との関わりの深くない人物がゼネラル・マネージャーを務める事例が多くなると、監督の経験と勝負勘よりも統計を重視し、観察眼よりも定量的な情報に価値が置かれるようになってきた。
そのため、多くの球団において、職制上も上級副社長の肩書きを持つゼネラル・マネージャーに対し、無役の監督は「現場の指揮官」から「ゼネラル・マネージャーの指示を忠実に遂行する中間管理職」の様相を呈するようになってきた。
こうしたなかで、2018年にエンゼルスの監督を務めて19期目を迎えたソーシア監督は、ゼネラル・マネージャーの指示を実行はするが、2009年に2018年まで10年間にわたる長期契約を結ぶほど、球団首脳から厚い信頼を獲得する実力派だ。
そのようなソーシア監督だからこそ、スプリング・トレーニングでの不調にもかかわらず、大谷選手を開幕戦から出場させ、周囲の不安の声を意に介さず、大谷選手を打者としても投手としても起用することが出来たのである。

ダッグアウトでソーシア監督(左)と話をするエンゼルスの大谷(中央)=2018年3月28日
大きかったオーナーのモレノ氏の存在
さらに、球団を所有するアルトゥーロ・モレノ氏の存在も大きい。
米国のプロスポーツで初の「ヒスパニック系オーナー」となったモレノ氏は交渉上手として知られるだけでなく、球団の利益となるなら常識にとらわれない施策を行うことでも有名だ。
2005年にエンゼルスのオーナーとなった際、球団名をそれまでのアナハイム・エンゼルスからロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムに変更。2016年からはロサンゼルス・エンゼルスに改称するなど、球団の知名度の向上のためなら、改名もいとわないというモレノ氏の面目躍如だ。
人目を集められるものなら何でも試そうとするモレノ氏にとって、大リーグで絶えて久しい本格的な“two-way”(二刀流)になる可能性のあった大谷選手は格好の宣伝材料だ。
もし、ソーシア監督のような実力派ではない人物が監督を務める球団であれば、ゼネラル・マネージャーは監督に対して、大谷選手の「二刀流」を禁じたかもしれないし、開幕当初はマイナーリーグでの調整を命じたかもしれない。しかし、モレノ氏から強く支持されるソーシア監督が相手となれば、ゼネラル・マネージャーがどれほど難色を示しても、最終的には「オーナーのご意向」が通ることになる。
それだけに、大谷選手の「二刀流」としての可能性に疑いを持たなかったソーシア監督と、ソーシア監督の背後に控えるモレノ氏こそは、「新人王・大谷」が誕生する影の功労者であったと言えるだろう。