メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

国民に響く日ロ関係の将来像は示せているか

 そうした葛藤や批判を一身に引き受け、最終的な政治判断をするのが首相の務めとも言える。だが、平和条約締結を急ぐ今の安倍氏を見ていて思うのは、果たして北方領土をめぐるこうした難題を包摂して方向付ける戦略を持ち、示せているのかということだ。

 ここで言う戦略とは、国内向けには、国民の心に響くような日ロ関係の将来像と言っていい。

 安倍内閣が2013年につくった日本初の「国家安全保障戦略」がある。A4で32枚の戦略の中で、ロシアという言葉が出てくるのはわずか一段落。安全保障とエネルギー分野などで協力し、アジア太平洋の安定のために連携すると述べ、北方領土問題については「4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する」とする東京宣言が引かれているだけだ。

ビザなし交流による元島民や子孫らの択捉島訪問で日本人墓地にお参りする若者たち=2016年7月、筆者撮影拡大ビザなし交流による元島民や子孫らの択捉島訪問で日本人墓地にお参りする若者たち=2016年7月、筆者撮影
 安倍氏は16年以来、日ロ関係の発展に向け、「新しいアプローチ」を掲げている。だが、その成果として今回のプーチン氏との会談後に記者団に語った具体例は、「元島民の航空機によるお墓参り、共同経済活動の実現に向けた現地調査の実施」といった北方領土に関する話だけだ。

 こうした抽象的、断片的な説明で、領土問題を乗り越えて築こうとする日ロ関係の将来像を、日本国民にどうイメージしてほしいというのだろう。

 内閣府の昨年の世論調査では、日ロ関係の発展を重要と思う人が8割近くにのぼる。ただ、日ロ関係について良好だと思わない人も6割を超え、冷戦期の日ソ関係より若干減った程度だ。平和条約締結を急ぐ過程で妥協ばかりが目立ち、日ロ関係発展への期待がしぼむなら、国民の視線は厳しくなるだろう。

国際社会の評価に耐える外交方針はあるか

 日ロ平和条約締結に向けて戦略が必要だと指摘する時のもう一つの含意は、そこに国際社会の評価に耐える日本の外交方針が貫かれているのかということだ。

上は2016年、下は2002年に筆者が撮影した択捉島の芸術学校。改装されてきれいになっていた拡大上は2016年、下は2002年に筆者が撮影した択捉島の芸術学校。改装されてきれいになっていた
 日本は終戦直後に始まるソ連・ロシアの北方領土占領を「不法占拠」と批判しつつ、軍事に頼らず、外交で4島の返還を求めてきた。その間に、ソ連・ロシアはロシア人の定住や軍の活動のためインフラ整備を進め、実効支配を強めた。北方領土に住むロシア人の数はいまや、かつて島を追われた日本人と同じ1万7千人にのぼる。

 日本は中国による沖縄県の尖閣諸島周辺などへの海洋進出を、「力による現状変更」と批判しているが、同じ文脈でロシアの14年のクリミア併合を「明白な国際法違反」として経済制裁を科した。また、14年のウクライナ危機でロシアが示したサイバー攻撃能力は、日本が今年末に防衛大綱を改定する主因の一つとなっている。

 一般論として、国家間で平時に領土問題を解決するには妥協が必要だとしても、日本がなぜいま、そんなロシアと近づくために、戦後最大の外交課題のひとつである北方領土問題で譲歩を急ぐのか。それは日本という国家のどのような意思の表れなのかを、安倍氏は明確に語れるだろうか。

 返還後の歯舞・色丹で日米安保条約に基づき米軍の活動を認めることについては、否定的な安倍氏と肯定的な谷内正太郎・国家安全保障局長の齟齬(そご)が露呈している。ここにも、米ロのはざまで北方領土をどう扱うかに関する日本の戦略の欠如が見てとれる。

「戦後70年以上残されてきた課題に、私とプーチン大統領の手で終止符を打つ」という意気込みは、為政者の責任感としてはわかる。だが、世界の動きを見極め、国益を最大化する戦略を練り、外交で拙速を避けるのもまた、為政者として重大な責任であろう。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


関連記事

筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

藤田直央の記事

もっと見る