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安倍首相が北方領土に前向きな歴史的な必然

自民党の歴史を振り返ると浮かび上がる憲法と北方領土へのこだわりのワケ

小宮京 青山学院大学文学部准教授

ロシアのプーチン大統領(右)との首脳会談に臨む安倍晋三首相=2018年11月14日、シンガポール拡大

突如、浮上した北方領土問題

 安倍晋三首相は11月14日、ロシアのプーチン大統領とシンガポールで会談し、1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意した。北方四島について日本政府はこれまで、歯舞群島、色丹島、国後、択捉の4島の一括返還を求めてきたが、歯舞、色丹2島の先行返還を軸に進める方針に転換したかたちだ。首相はなぜ、方針を変えたのだろうか。

 2018年10月に第4改造内閣をスタートさせた安倍首相にすれば、自民党の総裁任期が終わる3年後までに何を成し遂げるか、幾つかの課題の中から何を政権の「レガシー」(遺産)にするかが、問われる局面に入った。

 安倍首相の「宿願」であり、自民党総裁選でも訴えた憲法改正こそが本丸と目されていたが、11月半ばになり、突如、日ロ関係が大きな話題として浮上した。だが、戦後政治、わけても自民党の歴史をひも解くと、一見、隔たりがあるように見える両者の間にある密接な関係が浮かび上がる。

 どういうことか?

 まずは自民党が結党した60年以上前まで時計の針を巻き戻し、具体的に見ていこう。

自由民主党の二つの系譜

 戦後日本を形作った宰相としてまず名前が挙がるのは、吉田茂であろう。軽武装、経済重視の「吉田路線」は戦後日本の基調とされ、その「経済中心主義」を国際政治学者の高坂正堯・京都大学教授は高く評価した(服部龍二『高坂正堯―戦後日本と現実主義』中公新書、2018年)。

 吉田が目をかけた政治家たち、いわば「吉田学校」の優等生と称された池田勇人と佐藤栄作の流れは「保守本流」と呼ばれ、自民党の中心であるかのように語られた。これは、自民党を「リベラル」とみなす人々が注目する系譜であり、折々に報じられる大宏池会構想(宏池会は池田勇人が立ち上げた派閥である)もそうした系譜を意識したものである。

 その一方で、自民党には、もう一つ別の系譜も存在する。それは鳩山一郎や岸信介の流れである。

 彼らは吉田政権に対峙(たいじ)して、反吉田路線を主張した。具体的には、占領期に「押し付けられた」憲法を改正し再軍備を行うこと、アメリカ一辺倒の外交を是正することなどで、吉田路線を真っ向から否定するものであった。

 鳩山一郎や岸らは1954年に日本民主党を結成し、吉田政権を崩壊に追い込んだ。鳩山一郎内閣のもと、1955年11月15日には保守合同が実現し、自民党が結党された。この時点では、鳩山一郎や岸こそが、自民党の「本流」であった。

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筆者

小宮京

小宮京(こみや・ひとし) 青山学院大学文学部准教授

東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は日本現代史・政治学。桃山学院大学法学部准教授等を経て、2014年から現職。著書に『自由民主党の誕生 総裁公選と組織政党論』(木鐸社)、『自民党政治の源流 事前審査制の史的検証』(共著、吉田書店)『山川健次郎日記』(共編著、芙蓉書房出版)、『河井弥八日記 戦後篇1-3』(同、信山社)など。

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