保育士が一斉退職。世田谷区はどう動いたか
2018年11月22日
世田谷区で、突然の「保育園休園」という話が飛び込んできたのは10月末日のことでした。
「上北沢にある企業主導型保育所で、保育士が一斉退職するということで、明日から休園すると連絡がありました」
区の保育認定・調整課長が息せき切って区長室に飛び込んできたのです。次の日から転園できる保育園があるのかどうか、大至急の照会作業が始まりました。
この保育運営事業者は、近隣の下高井戸に企業主導型保育所を運営しているので、当面は上北沢の子どもたちも下高井戸で受け入れるという話でしたが、翌日11月1日になると、この下高井戸の保育所でも保育士等が一斉退職することがわかりました。
困惑する保護者から区に相談が入り、すぐに預かることの可能な保育所を紹介する等、緊急対応に追われました。下高井戸にある保育所は預かる子どもの規模を縮小して存続しています。(11月20日現在)
「保育士の一斉退職、企業主導型で相次ぐ 世田谷で休園も」(2018年11月2日 朝日新聞)
企業主導型保育所は2016年度に創設。保育士の配置基準や保育室の面積などは、認可より緩いが、一定の基準を満たせば、認可並みの助成金が出る。審査や指導を担う公益財団法人「児童育成協会」によると、今年3月末の時点で、全国の2597施設(定員5万9703人分)に助成が決まっているという。
同協会によると、同区上北沢の保育所で10月末、保育士ら7人が一斉に退職し、1日から休園。同じ会社が運営する同区赤堤の園でも11人が退職した。協会の調査に対し、職員らは「給与未払いがある」と話したという。区の職員が1日に現地で確認したところ、臨時の職員が数人を預かっている状態だった。
企業主導型保育は、認可保育所とは異なり、「自治体の関与を必要としない」ところに制度的特徴があります。保育所運営事業者は認可外保育所として都道府県に届けた上で、補助金等の助成申請の窓口は自治体を関与させず、「児童育成協会」となります。
ところが、「保育士一斉退職で休園に 世田谷区」「世田谷区は関与せず」等と報道されると、制度を認識していない多くの区民からの誤解を招き、苦情の声も出てきました。「突然の休園なのに、区が関与しないとは何事だ」「保育所の監督に熱心ではなく逃げの姿勢はおかしい」との批判です。
次の記事が、企業主導型保育と自治体の関与について解説しています。
「緩い設置基準×自治体無関与 代償は子どもに」(2018年11月7日 東京新聞)
(企業主導型保育所は)都道府県などへの届け出だけで原則、審査を受けずに設置できることや、保育士資格者が半数でよいなど認可保育所に比べて基準が緩いにもかかわらず、運営費などが認可並みに助成されるため、助成金目当ての参入や、保育の質に対する懸念が導入当初から指摘されていた。実際、制度を所管する内閣府から委託された「児童育成協会」が17年度、800カ所を調べたところ、76%で保育計画などに不備があった。今回のトラブルでは、自治体や公的機関が保育内容に責任を持たず、突然の休園という事態を食い止められない構造が浮き彫りになった。
「待機児童対策の切り札」として、2016年からのわずか2年間で、2597カ所(定員6万人分)と急膨張した企業主導型保育所ですが、政府はさらに2020年までに定員の倍増をはかろうとしています。
今回、世田谷区で起きた事態は、決して偶発的なものではなく、制度設計が生んだ構造的なものではないでしょうか。国会でも、議論が始まろうとしていました。
11月13日に、立憲民主党の「子ども・子育てプロジェクトチーム」に私が招かれ、今回の問題の背景にある「企業主導型保育」の制度的問題点について話をする機会がありました。冒頭で、私が強調したのは、「保育は誰のためにあるのか?」というシンプルな問いかけです。
企業主導型をめぐる議論の土俵には「女性の就労環境をよくするため」「企業の人材確保のため」等の言葉が飛び交いますが、私たちは「子どもの成長と発達を支援するため、子どもの生命を守り育む」ことを第一義に置いています。
世田谷区では「保育の質ガイドライン」(2015年3月)を策定し、公開しています。世田谷区内で、認可保育所等の運営に参入しようとする事業者がすでに開設している保育所に外部の有識者を含む事前審査チームが出向いて「子どもの立場を尊重した保育の質が保たれているかどうか」を評価する基準としています。
たとえば、「保育環境」に関してはこんな記述があります。
保育施設は子どものための施設であり、子どもが快適に心地よく生活できる環境を整えることが大切です。
少人数や一人でじっくりと遊びこむことができる環境、ホッと一息つくようなくつろげる環境、友達と一緒に思いきり身体を動かすことができたり協同した活動ができる環境など、子どもが長時間生活する場として静と動の両方の環境を保障し、人と人との関わりを育むことのできる保育環境を構成します。
そして、保育内容を評価する項目を並べています。保育所の中に入り、保育のあり方をガイドラインにもとづく事前審査によって、参入希望の事業者でも、「保育の質」に問題があったり疑義があれば認めていません。
さらに、事業者の財務内容のチェックは念を入れて行います。専門家の分析から「破綻の可能性」のみならず「改善を要する」と判断された事業者も選定しません。こうして、運営途上での保育所での事故や経営破綻のリスクをあらかじめ排除しているのです。
ひるがえって、企業主導型保育ではどうでしょうか。
助成申請先の児童育成協会は書類審査のみで、実地調査はありません。また、保育事業者としての「実績」も求めていないので、すべてが初めてという事業者もあります。「企業主導型保育」で検索すると、たくさんの企業主導型保育の助成申請から保育士募集、運営までを支援するコンサルタントのサイトが上位に出てきます。開園後の運営能力に疑問符がつく保育事業者でも、申請書類の作成技術にたけたコンサルの腕で審査をパスすることも容易なのではないかと想像がつきます。
続いて11月15日には、参議院内閣委員会で日本共産党の田村智子議員が、企業主導型保育所の実態について取り上げました。すでに、「助成取り消し」や「破産手続き」に入っている事例があることを挙げて、内閣府に現状の認識を質しました。内閣府の宮腰光寛大臣は「定員はどの程度充足をしているのか。保育の人材確保はどうなっているか等、利用実態の把握についてはこれまでしっかりと対応できておらず、不十分であると言わざるをえない状況にあります」と調査の準備をすると答弁しました。
また、立憲民主党の相原久美子議員に対しても、宮腰大臣は「事業の適切な運営を図るためには、実施体制の強化を図ることが急務であると考えております」と答弁しています。
世田谷区として、改善に動く必要があります。すでに区内にある約20カ所の企業主導型保育所に加えて、こうしている間にも、区内で新規の企業主導型保育所の助成申請が現在進行形で行われていて、「保育の質」や「経営基盤」が脆弱な保育所が認められて、リスクが拡大するおそれがあるからです。
制度設計と運営にあたる内閣府に直接意見を届けようと、11月19日に内閣府の小野田壮政策統括官に制度改善の要望書を手渡してきました。申し入れ事項は以下の通りです。
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