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「ベルばら」で差別と平等を考えてみた

エンタメ を楽しみながら、日本国憲法のエッセンスを体得する(3)

内山宙 弁護士

差別的で不平等な当時のフランスの裁判

ベルサイユ宮の中にある「釣り場の塔」と呼ばれる池に面した建物 。マリー・アントワネットもかつてここで遊んだだろう=2007年11月7日拡大ベルサイユ宮の中にある「釣り場の塔」と呼ばれる池に面した建物 。マリー・アントワネットもかつてここで遊んだだろう=2007年9月4日
 ただ、正式な裁判を経れば必ず軽い刑になったかというと、そうではないかもしれません。実際、当時のフランスでは、刑事手続について定めた法律はありましたが、拷問が認められていたうえ、判断権者である裁判官が取り調べをするため、こいつがやっただろうという予断を持って判断するという問題のあるものだったからです。しかも、何をしたら犯罪になるのかということをあらかじめ定めた「刑法」が存在しないため、なんとなく処罰することが可能でした。

 アンドレのケースでも、ルイ15世は頭の中で次のような思考過程を辿(たど)ったと理解することができます。

①王太子妃に過失で怪我を負わせた者は、怪我をした相手が平民の場合と異なり、死刑とする立法が、ルイ15世の頭の中でされる(立法)。
② ①の法律は、アンドレが起こした事故当時に遡って適用される(遡及適用)。
③ ルイ15世の判断で、アンドレは①の法律に違反したこととされた(司法)。
④ ルイ15世が、アンドレの処刑を執行することにした(行政)。

 しかし、そもそも①の立法は、相手が王太子妃の場合を特に重くしていて、しかも過失による事故の場合であっても死刑にできるという点でも極めて重く、相手が平民の場合と比べて不平等であるということができます。

 ちなみに、今の日本では、過失致傷罪で課すことのできる刑罰の範囲は、「30万円以下の罰金または科料」ですし、故意で怪我をさせた傷害罪でも「15年以下の懲役か50万円以下の罰金」となっています。

 それと比較すると、過失で怪我をさせた時に死刑にするというのが、過失による行為や結果に比べてどれだけ重いかがお分かりいただけるかと思います。王太子妃という当時のフランスで女性の貴族として最高位にある者を極めて強く保護し、平民を軽く扱うもので、差別的で不平等ということができます。

 つまり、平民に対する過失傷害の場合と比較して、王太子妃への過失傷害を死刑にすることは刑があまりにも不均衡で不合理な差別ということになり、平等原則違反ということになるでしょう(日本でも、父親から性的虐待を受けていた子が、止むに止まれず父親を殺した事件で、尊属殺重罰規定が不平等なので違憲無効とされた事案がありました。)。

三権分立だったらどうなるのか?

 このような突然の処刑命令は、絶対王政で、全ての国家権力が国王一人に集中しているからこそ起こってしまった問題だと言えるでしょう。フランス革命を経て実現した三権分立のもとであれば、このようなことにはなっていなかったと考えられます。

 三権分立というのは、立法、行政、司法という国家の権力作用をそれぞれ異なる国家機関に担当させ、互いに抑制均衡させることで権力の濫用(らんよう)を防ぎ、人権侵害を防ごうという仕組みのことで、もちろん日本憲法もこの仕組みを採用しています。

 そのもとでは、①は憲法14条(平等原則)に違反する立法で違憲だと国会で廃案になっていた可能性がありますし、②のように事故当時に遡って法律を適用させて処罰することも違憲とされます(39条)。

 フランス人権宣言8条でも「何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。」として、遡って処罰することは否定されました。何かしようとするときに、将来何が犯罪になるかわからないのでは、社会生活が営めないからです。

 さらに、仮に不平等で違憲な法律ができてしまったとしても、③の司法で法律が違憲無効とされる可能性が高く(憲法81条)、行政が恣意(しい)的に処刑しようとするのを止めることができるのです。三権分立のおかげで、権力が濫用されないで、アンドレみたいな災難を防ぐことができるのです。

 三権分立というキーワードは、公民の授業などで聞いたことはあるでしょうし、暗記するものだったかと思いますが、このように実際の機能を知ると、とても重要だということが分かると思います。そのため、フランス革命で成立したフランス人権宣言の16条にも、「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。」と定められています。憲法という名前がついている法典があっても、権力分立が定められていなければ憲法の名に値しないのだとされているのです。

 これは憲法の目的は人権保障であり、その目的を達成する手段の一つが権力分立と理解されているからでしょう。

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筆者

内山宙

内山宙(うちやま・ひろし) 弁護士

1974年、愛知県生まれ。中央大学法学部卒、成蹊大学法科大学院修了。裁判所勤務の傍ら夜間の法科大学院に通い、2007年司法試験合格。08年弁護士登録(静岡県弁護士会)。静岡県弁護士会・憲法委員会委員、日弁連・法科大学院センター委員。エンタメ作品を題材とした憲法の講演を多数回開催している。著書に『これでわかった!超訳特定秘密保護法』(岩波書店・共著)、小説『未来ダイアリー もしも、自民党改憲草案が実現したら?』(金曜日)などがある。

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