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最大派閥の権力闘争で崩壊した宮沢政権

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(4)

星浩 政治ジャーナリスト

実力者・金丸信氏の議員辞職と竹下派の抗争

 92年夏の参院選では、細川護熙・前熊本県知事が率いる日本新党が初登場。細川氏や小池百合子氏(後の東京都知事)ら4議席を得た。社会党が伸び悩み、自民党は善戦。宮沢政権は安定軌道に入るかと思われた。その矢先に、政界を揺さぶる事件が発覚する。

佐川急便からの5億円の資金提供を認め、副総裁辞任を表明する金丸信・自民党副総裁 =1992年8月27日、自民党本部拡大

 8月22日、朝日新聞が朝刊で「金丸氏側に5億円」と報じた。当時、東京佐川急便の渡辺広康前社長が東京地検特捜部に特別背任容疑で逮捕され、債務保証によって得た巨額の資金を政治家にばらまいていた疑惑が発覚。金丸氏への5億円の資金提供も、その一部だった。

 8月27日、金丸氏は記者会見をして、5億円を「陣中見舞い」として受け取ったことを認め、副総裁と竹下派会長の辞任を表明する。政界は大混乱に陥った。宮沢政権を支える最大の実力者の金権体質が露呈し、政権は支柱を失った。さらに、最大派閥竹下派の主導権争いが始まった。

 金丸氏への資金提供は、刑事事件としては政治資金規正法違反の罰金20万円で決着するが、世論の反発は弱まらない。東京・霞が関の東京地検の正面にある「検察庁」の表札にペンキがかけられる事件も起き、検察批判が高まった。

 竹下派では、金丸会長―小沢会長代行が当面存続することになったが、与野党から金丸氏の衆院議員辞職を求める声が強まった。10月14日、金丸氏は議員辞職を表明。これを受けて、竹下派の後継会長をめぐる抗争が熾烈(しれつ)になった。

 構図は小沢対反小沢。小沢氏が「自分は会長代行として責任がある」として羽田孜氏を後継会長に推すと、反小沢グループは小渕恵三氏で結集。衆院では小沢グループが優勢で、参院側も同調するかに見えた。

小沢一郎氏から「羽田さんでよろしく」の電話

 両グループの多数派工作が激化する中、私は参院竹下派の中心人物である井上孝氏を国会内の事務所で取材していた。建設省(現・国土交通省)で事務次官を務め、霞が関だけでなく建設業界にも影響力のある竹下派幹部だった。ちょうど、その時、小沢一郎氏から電話が入った。

 「衆院では我が方が多数を握った。井上先生も羽田さんでよろしく」。井上氏の説明によると、小沢氏はそう伝えてきたという。しかし、井上氏は「残念ながら、期待に添えない。小渕さんを支持する」と応えた。

 井上氏をはじめ、参院竹下派は雪崩を打って小渕氏支持に回った。竹下氏自身が参院議員に手を回したこともあるが、井上氏は「小沢君の手法は危なっかしい。官僚出身者が多い参院竹下派は、小沢君には乗れない」と説明していた。「霞が関の論理」は、「改革」を唱える小沢氏より「調整型」の竹下氏を選んだのである。

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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