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韓国大法院判決は、想定外の「暴挙」なのか?

徴用工問題で日本政府や企業の関係者は被害者と直接向き合うことが必要だ

有光健 戦後補償ネットワーク世話人代表・大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員

 10月30日の韓国・大法院(最高裁)の徴用工賠償判決が、予想を超えた騒ぎになっている。日韓両政府は10月に1998年の金大中大統領・小渕恵三首相の「日韓共同宣言」20周年を祝ったばかりで、この手のひらを返したような反応と騒ぎは皮肉である。

 「慰安婦」にしても「徴用工」にしても、戦後73年も経過して日韓がここまで深刻に歴史的な課題に足を引っ張られるとは、20年前に金大中・小渕両氏とも予想していなかったのではないだろうか。「日韓共同宣言」には、過去への反省の文言も入ってはいたが、メディアも含めて「過去にとらわれず、これからは未来志向で行こう」との誤ったメッセージを大々的に発してしまった。そのツケが今まわってきている。

判決内容は予想されていた

判決後の記者会見で笑顔を見せる元徴用工訴訟の原告、李春植さん(中央)=10月30日、ソウル
 判決内容は、2012年の最初の下級審判決を覆した大法院判決を踏襲したもので、今回再度日本企業に支払い命令が下されることは広く予想されていた。以前から韓国を嫌い、警戒していた勢力が、待ってましたとばかり、「蔑韓」「呆韓」「離韓」を並べ立てているが、重鎮の国会議員や首相・外相が「韓国は国家の体をなしていない」とか「ありえない」と叫ぶ事態は度を越している。冷静に韓国側の反応や背景の分析と解説をすべき「知韓派」を自認する元韓国大使や韓国留学経験のある大学教授らが、「安倍総理のおっしゃるとおり」などと韓国叩きの先陣を切って、嫌韓世論をあおり、国をあげての「印象操作」に走っているのだから、騒動はなかなか収まらないと思われる。

 繰り返すが、今回の判決内容は予想されていた。うろたえるべきではない、というのが筆者の見解・立場である。判決はもっと早く下されるはずだったが、対日関係を配慮した朴槿恵前政権によって、大法院に判決を遅らせるよう違法な工作が行われていたことが明らかになり、関係者もすでに訴追されている。

予想されていた事態に準備をしてこなかった日韓両政府

 問題なのは、先の大法院判決から6年間もの十分な時間がありながら、予想された事態に日韓の両国政府が何らの準備をしてこなかったことである。その間、日韓双方で政権交代があり、外交関係がこじれ続けてきたという経過はあるが、それにしても認識不足、準備不足であった。問題を大きくしたくないのであれば、判決が出されたら速やかにどう動くべきか、さまざまなシミュレーションを重ねて準備しておくべきだったが、ひたすら、司法の判断を待つ・・・という腰の引けた態度に終始してきた。

 この問題の本質は、戦時中に徴用された被害者の救済にあり、被害者個人の人権vs加害国の国益・国権の闘争であり、綱引きだった。ところが、日本政府・メディアは、その構図を、日本vs韓国の国家間の争いにスライドさせてしまった。その結果、「韓国けしからん!論」が飛び交い、異様なナショナリズムの盛り上げにつながってしまった。

個人の請求権をめぐる解釈論争

 元徴用工と使役した企業が同じ原告/被告で日韓の両法廷で争い、日本では原告敗訴(一部和解のケースを除く)、韓国では逆に原告勝訴と正反対の結論となった。前代未聞の事態である。

 日本による植民地支配を当初より不法・不当とする大韓民国憲法の精神からすれば、韓国の司法部としては、10月30日の大法院判決は当然の結論であろう。「個人請求権は消滅していない」とした2012年5月24日の判決を再確認したにすぎない。

 知られるとおり、1965年の日韓請求権協定で請求権の問題は「完全かつ最終的に消滅し、問題は解決済み」のはずだったものの、日本政府も1990年代から「国としての外交保護権は行使できないものの、個人の請求権は消滅していない」との見解を繰り返し国会答弁などで表明してきた。

 ただし、「個人の請求権は消滅していないので、裁判所に訴え出ることはできる。しかし、実際には請求権を行使する手段がなく、救済はできない」という分かりにくいものだった。(1991年8月27日、12月13日参議院予算委員会、92年2月26日衆議院外務委員会、3月9日衆議院予算委員会、93年5月26日同、2001年3月22日参議院外交防衛委員会、2018年11月14日衆議院外務委員会など)

 転機が訪れたのは、2007年4月27日の中国人強制連行の被害者が西松建設に賠償を求めた訴訟の最高裁判決だといわれる。この日の判決で、最高裁は請求を棄却しながら、「サンフランシスコ平和条約の枠組みにおける請求権放棄の趣旨が、上記のように請求権の問題を事後的個別的な民事裁判上の権利行使による解決にゆだねるのを避けるという点にあることにかんがみると、ここでいう請求権の「放棄」とは,請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく,当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまるものと解するのが相当である。」(判決文より、太字筆者)と結論付けた。さらに続く、「上告人を含む関係者において,本件被害者らの被害の救済に向けた努力をする ことが期待される」との付言を根拠に、西松建設も三菱マテリアルも後に原告・被害者側と和解し、和解金を支払い、慰霊祭などを被害者側とともに行うことになる。その点で、この判決を評価する向きも多いが、筆者は以前から疑問に感じている。

 日中共同声明にもサンフランシスコ平和条約や日韓請求権協定のどこにも「個人が請求権を行使して裁判所に訴え出ることが許されない」とは書かれていない。何を根拠に最高裁が「訴求する機能が失われている」と断じることができるのか、甚だ疑わしい。

 個人の請求権はあると認めつつ、しかし実はその権利は使えない、裁判所に持って来てもお門違い・・・と提訴後10年近くもたってから門前払いする。結局のところ、被害者らは加害国の行政府や企業だけでなく、日本の司法部からもたらい回しにされて、10年近い時間を奪われただけではないのか?との疑念をぬぐえない。

1965年日韓請求協定締結時の欺瞞とねじれ

 大法院判決は、今回確認された請求権は、未払い賃金に対するものではなく、それらを超えた「不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」=「強制動員慰謝料請求権」であると判断している。日本側が盾にする1965年の日韓請求権協定には、どこにも戦争被害や植民地支配の損害に対する「補償」という文言は入っていない。同協定の目的は、「前記の供与および貸付は、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない」と第1条に明記されている。

 協定に署名した椎名悦三郎外務大臣も、同協定批准のための国会審議の際に、次のように強調している。「何か、請求権が経済協力という形に変わったというような考え方を持ち、したがって、経済協力というのは純然たる経済協力でなくて、これは賠償の意味を持っておるものだというように解釈する人があるのでありますが、法律上は、何らとの間に関係はございません。あくまで有償・無償五億ドルのこの経済協力は、経済協力でありまして、これに対して日本も、韓国の経済が繁栄するように、そういう気持ちを持って、また、新しい国の出発を祝うという点において、この経済協力を認めたのでございます。」(1965年11月19日参議院本会議)。 1965年の日韓請求権協定はあくまで「経済協力協定」であり、戦争被害や植民地支配への賠償・補償と一切関係ないとすれば、「強制動員慰謝料請求権」は別途存在すると考えるのが自然だろう。

 ところが、逆に韓国政府は、盧武鉉政権の2005年8月26日に、1965年請求権協定の効力範囲などを検討した「韓日会談文書公開後続対策関連官民共同委員会」の報告として、「請求権協定を通じて日本から受け取った無償3億ドルは個人財産権(保険・預金等)、朝鮮総督府の対日債権等韓国政府が国家として有する請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案されているとみるべきである。」「各項目別の受領金額を推定するのは困難であるが、政府は受領した無償資金中相当金額を強制動員被害者の救済に使用すべき道義的責任があると判断される。」(太字筆者)と発表している。つまり、協定の文書には一言も触れられていないのに、韓国政府は「強制動員被害補償問題解決の性格の資金等」であると解釈していたということになる。明らかに解釈にねじれがある。ここに、この請求権協定解釈の分かりにくさと今日に至る混乱の構造的な原因があったことが指摘できる。

出口は見えているのか? カギは企業活動の法的安定性の確保

 それにしても、日韓両国とも法治国家なのだから、最高裁・大法院判決はそれぞれ尊重されなければならない。常識的に考えれば、裁判所の見解が異なる判断を出した両国の紛争は、国際司法裁判所や国際的な仲裁の場に双方が持ち込んで決着をつけるべきだろう。それが、実現しない場合は、外交交渉に委ねるほかない。

 問題解決に向けた出口を具体的、現実的に考えたい。

 まず、被害者らに首相、官房長官、外相、駐韓大使、あるいは各企業のトップらが被害者らに直接向き合うことである。安倍首相や河野外相の言動からは、加害国の代表者としての謙虚さ、慎み深さがおおよそ感じられない。その態度からは、逆に日本が被害者であるかのような居丈高さを感じるが、これでは到底問題解決にはならない。「痛切なる反省」を自ら体現してほしい。冗舌な言葉ではなく、態度、たたずまいが問われる。

 その上で、韓国最高裁で支払い命令が出ている以上、日本企業は何らかの形での支払いに応じざるを得ない。11月29日に大法院判決が予定されている三菱重工訴訟をはじめとして、今後他の企業に対しても続々支払いが命じられるものと予想される。その後は、各企業が個別に判決を受け入れて、支払いに応じるか、あるいは個別に国際的な仲裁手続きに進むかだが、今後訴訟がどこまで広がるか見通せていない以上、不安はぬぐえない。

 そこで、

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