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韓国大法院判決は、想定外の「暴挙」なのか?

徴用工問題で日本政府や企業の関係者は被害者と直接向き合うことが必要だ

有光健 戦後補償ネットワーク世話人代表・大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員

個人の請求権をめぐる解釈論争

 元徴用工と使役した企業が同じ原告/被告で日韓の両法廷で争い、日本では原告敗訴(一部和解のケースを除く)、韓国では逆に原告勝訴と正反対の結論となった。前代未聞の事態である。

 日本による植民地支配を当初より不法・不当とする大韓民国憲法の精神からすれば、韓国の司法部としては、10月30日の大法院判決は当然の結論であろう。「個人請求権は消滅していない」とした2012年5月24日の判決を再確認したにすぎない。

 知られるとおり、1965年の日韓請求権協定で請求権の問題は「完全かつ最終的に消滅し、問題は解決済み」のはずだったものの、日本政府も1990年代から「国としての外交保護権は行使できないものの、個人の請求権は消滅していない」との見解を繰り返し国会答弁などで表明してきた。

 ただし、「個人の請求権は消滅していないので、裁判所に訴え出ることはできる。しかし、実際には請求権を行使する手段がなく、救済はできない」という分かりにくいものだった。(1991年8月27日、12月13日参議院予算委員会、92年2月26日衆議院外務委員会、3月9日衆議院予算委員会、93年5月26日同、2001年3月22日参議院外交防衛委員会、2018年11月14日衆議院外務委員会など)

 転機が訪れたのは、2007年4月27日の中国人強制連行の被害者が西松建設に賠償を求めた訴訟の最高裁判決だといわれる。この日の判決で、最高裁は請求を棄却しながら、「サンフランシスコ平和条約の枠組みにおける請求権放棄の趣旨が、上記のように請求権の問題を事後的個別的な民事裁判上の権利行使による解決にゆだねるのを避けるという点にあることにかんがみると、ここでいう請求権の「放棄」とは,請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく,当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまるものと解するのが相当である。」(判決文より、太字筆者)と結論付けた。さらに続く、「上告人を含む関係者において,本件被害者らの被害の救済に向けた努力をする ことが期待される」との付言を根拠に、西松建設も三菱マテリアルも後に原告・被害者側と和解し、和解金を支払い、慰霊祭などを被害者側とともに行うことになる。その点で、この判決を評価する向きも多いが、筆者は以前から疑問に感じている。

 日中共同声明にもサンフランシスコ平和条約や日韓請求権協定のどこにも「個人が請求権を行使して裁判所に訴え出ることが許されない」とは書かれていない。何を根拠に最高裁が「訴求する機能が失われている」と断じることができるのか、甚だ疑わしい。

 個人の請求権はあると認めつつ、しかし実はその権利は使えない、裁判所に持って来てもお門違い・・・と提訴後10年近くもたってから門前払いする。結局のところ、被害者らは加害国の行政府や企業だけでなく、日本の司法部からもたらい回しにされて、10年近い時間を奪われただけではないのか?との疑念をぬぐえない。

1965年日韓請求協定締結時の欺瞞とねじれ

 大法院判決は、今回確認された請求権は、未払い賃金に対するものではなく、それらを超えた「不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」=「強制動員慰謝料請求権」であると判断している。日本側が盾にする1965年の日韓請求権協定には、どこにも戦争被害や植民地支配の損害に対する「補償」という文言は入っていない。同協定の目的は、「前記の供与および貸付は、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない」と第1条に明記されている。

 協定に署名した椎名悦三郎外務大臣も、同協定批准のための国会審議の際に、次のように強調している。「何か、請求権が経済協力という形に変わったというような考え方を持ち、したがって、経済協力というのは純然たる経済協力でなくて、これは賠償の意味を持っておるものだというように解釈する人があるのでありますが、法律上は、何らとの間に関係はございません。あくまで有償・無償五億ドルのこの経済協力は、経済協力でありまして、これに対して日本も、韓国の経済が繁栄するように、そういう気持ちを持って、また、新しい国の出発を祝うという点において、この経済協力を認めたのでございます。」(1965年11月19日参議院本会議)。 1965年の日韓請求権協定はあくまで「経済協力協定」であり、戦争被害や植民地支配への賠償・補償と一切関係ないとすれば、「強制動員慰謝料請求権」は別途存在すると考えるのが自然だろう。

 ところが、逆に韓国政府は、盧武鉉政権の2005年8月26日に、1965年請求権協定の効力範囲などを検討した「韓日会談文書公開後続対策関連官民共同委員会」の報告として、「請求権協定を通じて日本から受け取った無償3億ドルは個人財産権(保険・預金等)、朝鮮総督府の対日債権等韓国政府が国家として有する請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案されているとみるべきである。」「各項目別の受領金額を推定するのは困難であるが、政府は受領した無償資金中相当金額を強制動員被害者の救済に使用すべき道義的責任があると判断される。」(太字筆者)と発表している。つまり、協定の文書には一言も触れられていないのに、韓国政府は「強制動員被害補償問題解決の性格の資金等」であると解釈していたということになる。明らかに解釈にねじれがある。ここに、この請求権協定解釈の分かりにくさと今日に至る混乱の構造的な原因があったことが指摘できる。

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筆者

有光健

有光健(ありみつ・けん) 戦後補償ネットワーク世話人代表・大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員

1951年生まれ。1974年政治学科早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。アジアの人権問題などに取り組む。1993年から「戦後補償ネットワーク」世話人代表。2011年からシベリア抑留者支援・記録センター代表世話人。大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。共著:『「慰安婦」への償いとは何か―「国民基金」を考える』(明石書店、1996年)、『未解決の戦後補償』(創史社、2012年)、『戦後70年・残される課題―未解決の戦後補償Ⅱ―』(創史社、2015年)、ほか。