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パリで感じる「ゴーン事件」の危うさ

日産はフランスの尾を踏んだ? 日本はやはり外国人嫌い? 陰謀説も……

山口 昌子 在フランス・ジャーナリスト

「独裁者」との批判は的外れ

家電・技術見本市「CES」で基調講演した日産のカルロス・ゴーン社長(当時)=2017年1月6日、米ネバダ州ラスベガス拡大家電・技術見本市「CES」で基調講演した日産のカルロス・ゴーン社長(当時)=2017年1月6日、米ネバダ州ラスベガス
 ゴーン氏に関し、「独裁者」との批判が強いが、日本のように「コンセンサス」重視、何かあっても誰が責任者かが明確でない仕組みと異なり、フランスはトップダウン方式だから、「独裁者」に見えるのかもしれない。中央集権国家フランスのエリート教育を受けた者として、ゴーン氏が号令一下のスタイルをとるのは当然で、「独裁者」との批判は的外れの観がある。

 ゴーン氏について、「成り上がり者」との指摘が一部であるが、これも見当外れではないか。ゴーン氏はブラジル生まれで、フランスの旧植民地レバノンとフランスとの二重国籍を持つ。ルノーの社長に就任した時の会見では、「偉大なるフランス」に何度も言及し、非常にへりくだっていた。ゴーン氏のような学歴エリート、実力者でも、“外国人”としてルノーという「三色旗」に敬意を表するのかと感じた。

 ゴーン氏は、理工科系の秀才学校ポリテクニック(理工科学校)卒のエリートで、卒業後は同校の上位5、6人しか入学できない最難校MINES(高等鉱業学校)に進んだ大秀才だ。そろそろ卒業という時に、大手タイヤのミシュランから電話がかかってきて、ブラジルの工場長として就職した。

 ミシュランは同族会社なので、いくら一生懸命働いても社長にはなれないよ、と周囲に言われ始めたころ、ルノーからNO3で引き抜かれた。「成り上がり者」にありがちな金銭欲ギラギラ、出世欲ギラギラの人とは少し違う印象がある。

明るくて気さくだったゴーン氏

 ゴーン氏が日産に赴任する直前、1999年4月5日にインタビューした際には、優秀な日産の車に乗るのを楽しみにしていた。実はこの日、当時のルノーのルイ・シュワイツァー社長にインタビューしたのだが、「日本にはどんな人が行くのがいいと思うか」と条件を聞いたら、「今、いるから紹介する」と言われて会ったのがゴーン氏だった。

 シュワイツァー氏が、高級官僚養成所・国立行政学院(ENA)出身のフランスの典型的なエリートのタイプ。長身でシックだけれど、握手をしながら、もう次の人と話しを始めるという、ちょっと傲慢無礼的なエリートなのに対し、ゴーン氏は理数科系の秀才によくある、明るくて気さくな感じの人であった。シュワイツァー氏が日本に行っていたら、日産の再建に成功したかどうか。

 ゴーン氏は着任の日、リュックを背負い、子供の手を引いて航空機のタラップを降りたので、出迎えに来ていた日産の重役たちが驚いたという逸話もある。就任を最も喜んだのは、「技術の日産」の技術者、つまり現場だったともいわれる。全ての車種を自ら運転し、「こんな素晴らしい車を製造する会社が、どうしてダメになったんだ」と慨嘆したからだ。


筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在フランス・ジャーナリスト

産経新聞パリ支局長を1990年から2011年までつとめる。著書に『ドゴールのいるフランス』(河出書房新社)、『フランス人の不思議な頭の中』(KADOKAWA)、『原発大国フランスからの警告』(ワニブックスPLUS新書)、『フランス流テロとの戦い方』(ワニブックスPLUS新書)、『ココ・シャネルの真実』(講談社+α新書)、『パリの福澤諭吉』(中央公論新社)など。ボーン・上田記念国際記者賞、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受賞。

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