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「東京はアジアのパリのようであった」

玄海灘を渡った人々―「日韓」はひとりの友からはじまる

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

在日の人韓晢曦あるいは日本人西原の人生

 韓晢曦(ハンソッキ)とはだれか。彼がこの世を辞したとき、筆者が書いた追慕の文章の一部をここに抜粋する。

(前略)3.1万歳の年、主権を失った半島の南方にある済州島で博士は産まれました。7歳の年に暮しの道を求めて玄界灘を渡った両親の手を握って日本の地に着きました。そこから博士の人生、苦行と成就の厳しい旅程が始まりました。民族的差別と経済的窮乏の中でも昼耕夜読し、「ビジョン」を捨てることなく青年読書家として一時も手から本を離さずに、遂に戦前末期京都の同志社大学神学部に入り修学されました。しかし当時戦前戦後の一つの傾向として同志社を中心に吹き荒れたキリスト教左派運動に心酔し、一時は社会主義者の道を歩くこともありました。また解放後、北朝鮮に定住されようともしました。しかし決して博士は思想の生い立ちから社会主義者の道に留まることは出来ませんでした。結局転向と共にキリスト教信仰に強く回帰し日本キリスト教団の中枢的指導者として、教団の委員として、神戸学生青年センターや神戸YMCAのようなキリスト教系の各機関の主要委員として、神学と教会史研究家としての生涯を再び始められました。しかし博士の一生はその与件上、学者として、キリスト教指導者としての道だけを歩むことは出来ませんでした。在日韓国人という寂寞とした状況の中で生計のために事業をしなければならず、そして遂に「ケミカルシューズ」即ち人造皮革製靴業に進出して事業的にも大きな成功を成し遂げられました。最近の阪神大震災で事業場が焼けるなど大きな損害を受けることもありましたが、博士は事業でもたらした多くの財貨をキリスト教歴史学者としての資料蒐集をはじめとして、学術文化活動に相当数投資されました。このような博士の生涯を総体的に集約する結晶体が最近まで博士の主立った活動主体だった「青丘文庫」でありました。事業を続けると同時に粘り強く研究活動を中断しなかった博士は、一つ二つと集めた資料を「靴工場」の最上階に整理して置き始めました。そして遂に十余年前には神戸の須磨に自宅と共に新しい建物を建て、別途に青丘文庫を設立して運営されたのであります。「朝鮮民族運動史」「在日朝鮮人運動史」「キリスト教史」という三つの歴史学的関心を持って学会運営、論文集刊行、学術支援活動を継続し、博士自身も継続的な学問活動を止めることはありませんでした。そして1997年既往の学術的成果と満州地域のキリスト教史関連の論文で、母校である同志社から神学博士の学位を取得されました。今はその多くの青丘文庫の資料を新しく建て直した神戸市立図書館に全て寄贈し、別途に青丘文庫閲覧室を設けて公共化し、後学たちに継承的研究をゆだねた後に神からの招きを受けられました。(徐正敏、「韓晢曦博士の霊前に捧げる」、『青丘文庫月報』、127号、1998年3月3日中)

 筆者は日本留学の時代に韓晢曦の後援を得た。毎月青丘文庫で開かれる研究会に参加して勉強しながら、彼から物心両面にわたる支援を受けた。彼こそはまさに筆者の留学時代の後見人であった。彼は研究会のメンバーたちと一緒に、筆者の最初の著書を和文に翻訳して出版してくれた人物でもある。

 また彼と筆者の母校である同志社大学の校庭に、延世大学出身の詩人尹東柱(ユンドンジュ)の詩碑を立てることでも大きな貢献をした。1998年に彼もこの世を去ったが、日韓の境界線にある人物として、彼ほどの足跡を残した人物は数少ないと思う。筆者にとって、彼は韓国人でありながら日本人であって、日韓の間の実存を生きた人物として記憶されている。

拡大1990年ごろ青丘文庫内の研究会、右から2番目が韓晢曦、左から1番目が筆者である(筆者提供)

 神戸に関しては、さきに言及した「神戸学生青年センター」を中心とする活動を忘れるわけにはいかない。市民運動団体として、地域社会活動以外にも日韓を結ぶ学術研究、交流、協力活動の中枢として、現在でもその役割を果たしている。

 とくに館長の飛田雄一を中心に長い歴史をもって活動している「無窮花(むくげ)の会」は、韓国を知り、韓国を楽しむ集まりである。ハングルを勉強し、韓国の食べ物を食して、定期的に韓国に旅行する。彼らが出会った多くの韓国人は、逆にそこで真の日本に出会うこととなり、日韓のポジティブな関係を作る活動へと誘われてゆくのである。

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筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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