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安倍首相がその場しのぎで急ぐ防衛大綱改定

やるべきは国家安全保障戦略のブラッシュアップ

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

自衛隊観閲式で訓示する安倍首相=2018年10月14日、埼玉県朝霞市の陸自朝霞訓練場。藤田直央撮影自衛隊観閲式で訓示する安倍首相=2018年10月14日、埼玉県朝霞市の陸自朝霞訓練場。藤田直央撮影

 安倍内閣が今年末に向け、防衛政策の指針である防衛計画の大綱(防衛大綱)の改定を急いでいる。だが、原因となったその場しのぎの国際情勢認識とそれに基づく戦略を見直す様子はない。

語るに落ちた安倍首相の説明

 「10年程度の期間を念頭」とされた今の防衛大綱を5年間の前倒しで改定する理由を、安倍晋三首相はこう語る。

「この5年あまりで我が国を取り巻く安全保障環境は、格段に速いスピードで厳しいものとなりました」
「新たな防衛大綱ではこれまでの延長線上ではない数十年先の未来の礎となる防衛力のあるべき姿を示します」(10月の自衛隊観閲式での訓示)

 語るに落ちてはいないか。

 今の防衛大綱は5年前の2013年末に安倍内閣が閣議決定したものだ。それが、「これまでの延長線上」であり、作った時点で「我が国を取り巻く安全保障環境」の変化を見通せていなかったと、自ら認めたことになる。

 その責任がとりわけ問われるのは、今の防衛大綱が、安倍自民党が12年末の衆院選で民主党から政権を奪還したのを機に、それから1年後に今回と同様にわざわざ前倒しで改定されているからだ。

 当時はすでに、政権交代前の尖閣諸島国有化により日中関係は国交正常化後で最悪になったとまで言われていた。13年には北朝鮮が3度目の核実験をし、米中首脳会談ではサイバー問題が焦点になっていた。

 いま「数十年先」をにらんで防衛大綱を改定する主な理由を、安倍内閣は中国や北朝鮮、サイバー問題への対応としているが、その深刻さは、13年末に「10年程度」を見通したはずの今の防衛大綱をまとめる段階ですでにわかっていたはずだ。

その場しのぎの国家安全保障戦略

 なぜ、こんなその場しのぎになるのか。それは、防衛政策のもとになる国家戦略がその場しのぎだからだ。

ホワイトハウスで記者会見するオバマ大統領(左、2017年1月当時)と、トランプ大統領(右、2018年11月)。朝日新聞データベースよりホワイトハウスで記者会見するオバマ大統領(左、2017年1月当時)と、トランプ大統領(右、2018年11月)。朝日新聞データベースより
 13年末に安倍内閣が閣議決定した日本初の国家安全保障戦略に、それは如実に表れている。今の防衛大綱と同様に「10年程度の期間を念頭」とされ、防衛大綱の上に位置づけられた文書だ。

 32ページからなる国家安全保障戦略を見ていく。その趣旨は、冒頭で「国益を長期的視点から見定めた上で、国際社会の中で我が国の進むべき針路を定め」ると述べられている。

 ところが、「国際社会の中で針路を定め」る上でこの文書が最も見通せていないのが、日本が同盟関係を基軸とする米国の動向、つまりトランプ政権の登場に象徴される米国の孤立主義だった。

 例えば、「我が国を取り巻く安全保障環境と国家安全保障の課題」という章では、米国の方針を「安全保障政策及び経済政策上の重点をアジア太平洋地域にシフトさせる方針(アジア太平洋地域へのリバランス)」と記している。

 続く「我が国がとるべき国家安全保障上の戦略的アプローチ」という章の「日米同盟の強化」の項には、「日米両国は、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉等を通じて、ルールに基づく、透明性が高い形でのアジア太平洋地域の経済的繁栄の実現を目指している」とある。

 リバランスもTPPも、国家安全保障戦略ができた頃、2期目に入っていたオバマ政権の看板だった。しかし、国際社会の秩序を保つ「世界の警察官」であることに疲れ、国際社会のルール作りよりも自国第一主義を掲げるトランプ政権で、それらは跡形もなくなった。

 つまり、日本の安保政策の根幹として「10年程度」を見通したはずの文書である国家安全保障戦略が、最も重要なパートナーである米国の動きを気にするあまり、当時のオバマ政権の政策をなぞるにとどまり、3年後のトランプ政権への交代で早々に齟齬(そご)をきたしてしまっているのだ。 

前駐米大使からも異論

防衛大綱改定に向け安全保障政策の提言を発表する日本国際問題研究所理事長の佐々江賢一郎・前駐米大使(左端)=2018年10月10日、東京・霞が関。藤田直央撮影防衛大綱改定に向け安全保障政策の提言を発表する日本国際問題研究所理事長の佐々江賢一郎・前駐米大使(左端)=2018年10月10日、東京・霞が関。藤田直央撮影
 米国発の地殻変動が国際社会を揺るがす現下の状況で、防衛大綱の改定だけを前倒しするのは、その場のしのぎの「上塗り」になりやしないか――。そんな問題意識から、国家安全保障戦略も同時に改定すべきだという声が出ている。

 佐々江賢一郎・前駐米大使が理事長を務める日本国際問題研究所は、安保政策に関する10月の提言で「防衛大綱の見直しだけでは不十分で、国家安全保障戦略の見直しも求められている」と指摘した。

 その理由について、佐々江氏は「米国を中心とする反グローバリズムの動きで、世界の自由貿易、民主主義に動揺があることは事実だ。戦後の日本が果実を得てきたこの秩序を守るために、能動的に関わっていく安保戦略が必要だ」と語る。

 防衛政策を担う防衛省にもそうした主張がある。ある幹部は「いま防衛大綱を変えるなら、その前提となる国際情勢の変化として、『トランプのアメリカ』抜きには考えられない」と語る。

 孤立主義に傾く米国をアジア太平洋につなぎとめるために、日本がこの地域の安定により貢献するという文脈からだ。ただ、それには「オバマのアメリカ」を前提にした国家安全保障戦略を変えないといけない。

 だが、政府中枢の動きは、トランプ政権を腫れ物扱いするかのように鈍く、国際情勢の変化や日本の対応は「国家安全保障戦略を変えるほどではない」(外務省幹部)という声が根強い。首相が主催する防衛大綱改定に向けた有識者会議でも同様の意見が大勢を占めており、防衛大綱改定とあわせて国家安全保障戦略が見直されることはなさそうだ。

防衛大綱との「書き分け」を

防衛大綱改定に向けた有識者会議で発言する安倍晋三首相(中央)=2018年8月29日、首相官邸防衛大綱改定に向けた有識者会議で発言する安倍晋三首相(中央)=2018年8月29日、首相官邸
 だが私は、今回防衛大綱を改定するなら、その時期を遅らせてでも国家安全保障戦略と同時に変えるべきだと考える。

 このまま防衛大綱だけの改定に踏み切れば、またその場しのぎになりかねない。安倍首相の言う「数十年先」を見通す防衛大綱を作るならなおさら、それと不可分の国家安全保障戦略を、オバマ政権時のキーワードが踊る内容から修正すべきだろう。

 ただ、新たな国家安全保障戦略にトランプ政権のキーワードが踊れば、「作った時点での米国の動向を書き込みすぎた」(国家安全保障局幹部)という今の文書と同じ過ちを繰り返すことになる。

 世界一の軍事・経済大国である米国はどこへ向かい、台頭する中国や核大国ロシアとのバランスはどうなるのか。それは北朝鮮の核・ミサイル問題や、北方領土から尖閣諸島に至る「我が国を取り巻く安全保障環境」にどんな影響を与えるのか――。

 政府内でそうした議論を尽くし、新たな国家安保戦略を作らなければならない。その場しのぎでなく、「数十年先」を見通す防衛大綱の土台にふさわしいものとしてだ。対米関係に行数を割きすぎて時々の政権に振り回されないよう、脅威として強調されがちな中国、ロシア、北朝鮮との外交についても掘り下げるべきだ。

 その結果、「数十年先」もなお日米同盟が基軸だとするにしても、激動する国際情勢の中で、長期的に日米同盟をアジア太平洋の安定にどう生かすかまでを国家安全保障戦略に書ききることはどだい無理だ。中期的な変化にどう対応していくかは、国家安全保障戦略の下の防衛大綱に記すという「書き分け」をしていけばよい。 

官邸主導でなすべきこと

2016年3月18日の首相官邸での国家安全保障会議4大臣会合。北朝鮮の弾道ミサイル発射で緊急招集された。安倍首相(左)は河野克俊統合幕僚長(中央)から報告を受けた=首相官邸フェイスブックより2016年3月18日の首相官邸での国家安全保障会議4大臣会合。北朝鮮の弾道ミサイル発射で緊急招集された。安倍首相(左)は河野克俊統合幕僚長(中央)から報告を受けた=首相官邸フェイスブックより
 そもそもこうした議論は、安倍内閣が国家安全保障戦略を作った2013年末から、官邸主導の名の下に頻繁に開かれるようになった国家安全保障会議(NSC)、とりわけ首相、官房長官、外相、防衛相からなる4大臣会合を140回以上も重ねて、さんざんやってきたはずだ。

 だが、この4大臣会合について明かされるのは議題だけで、内容は出席者に箝口令(かんこうれい)が敷かれている。国家の命運を左右する議論について説明がなく、事後検証すら阻むのは大いに問題だ。それでも4大臣会合がきちんと仕事をしていると言うなら、

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