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必然性なき2025年大阪万博のいかし方

これまでと同じ万博ではなく、これまで誰もおこなわなかった万博はできるか

鈴村裕輔 法政大学国際日本学研究所客員学術研究員

必然性は必要ない?

2025年の万博開催が決まり喜ぶ松井一郎大阪府知事(右)、経団連の榊原定征前会長、世耕弘成経産相(左)ら=2018年11月23日、パリ拡大2025年の万博開催が決まり喜ぶ松井一郎大阪府知事(右)、経団連の榊原定征前会長、世耕弘成経産相(左)ら=2018年11月23日、パリ
 このように見ると、招致委員会は「何故、大阪で万博を開かなければならないのか」という点を明らかにしないまま、招致活動をおこなったとしか言いようがない。

 「必然性なんて必要ない。招致に成功することが重要なのだ」という意見もあるだろう。実際、招致委員会はそれで招致活動に成功したわけだ。

 今回の招致レースをみると、対抗馬はロシアのエカテリンブルクとアゼルバイジャンのバクーであり、両国とも経済の安定性は必ずしも十分でないうえ、強権主義的な政治体制をとっている。招致委員会のみならず、国際博覧会条約の加盟国にとっても、開催の必然性より、十分な経済力や安定した政治体制が重視されたであろうことは容易に想像がつく。

 さらに、投票に先立つ最終説明会で世耕弘成・経済産業大臣が約240億円の発展途上国支援策を表明したことで、大阪は支援策の恩恵を受ける可能性のある条約加盟国はもちろん、その他の加盟国にも頼もしい候補地と見えたであろう。

 「必然性は必要ない」という指摘にも一定の合理性があるように思われる。

抽象的な理由で納税者は納得するか 

 だがしかし、である。

 われわれは「この時期の天候は晴れる日が多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である。また夏季休暇に該当するため、公共交通機関や道路が混雑せず、ボランティアや子供たちなど多くの人々が参加しやすい」と、およそ真実とかけ離れた内容を記載した「立候補ファイル」によって、2020年のオリパラの開催権を手にした東京のその後を知っている。

 招致委員会のずさんな計画や大言壮語的な「立候補ファイル」の文言によって、東京オリパラの組織委員会が開催経費の高騰や暑さ対策に直面したことを考えるなら、必然性が欠如する中で招致に成功した大阪も、東京と同様、予期せぬ問題への対応を余儀なくされるのではないかと、どうしても懸念してしまう。

 また、世耕経産相が表明した「240億円の発展途上国支援策」には国費が使われ、会場の設備費や万博の開催経費には、国費にくわえて大阪府や大阪市など地方自治体の公費も投入される。とすれば、大阪で万博を開催する必然性が明快に示されることが、やはり必要ではないか。「SDGsが達成される社会」や「Society5.0の実現」などといった抽象的な理由しか提示できないなら、果たして納税者を納得させられるか、疑問を禁じ得ない。

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筆者

鈴村裕輔

鈴村裕輔(すずむら・ゆうすけ) 法政大学国際日本学研究所客員学術研究員

1976年、東京生まれ。法政大学国際日本学研究所客員学術研究員。法政大学大学院国際日本学インスティテュート政治学研究科政治学専攻博士課程修了・博士(学術)。専門は比較文化。主著に『メジャーリーガーが使いきれないほどの給料をもらえるのはなぜか?』(アスペクト 2008年)、『MLBが付けた日本人選手の値段』(講談社 2005年)がある。日刊ゲンダイで「メジャーリーグ通信」、大修館書店発行『体育科教育』で「スポーツの今を知るために」を連載中。野球文化學會会長、アメリカ野球愛好会副代表、アメリカ野球学会会員。

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