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安倍政権のレガシーと北朝鮮問題

秋山昌廣 秋山アソシエイツ代表 安全保障・外交政策研究会代表

菅義偉拉致問題相との面会に臨む拉致被害者家族。中央は拉致被害者の横田めぐみさんの母・早紀江さん=2018年10月12日、首相官邸菅義偉拉致問題相との面会に臨む拉致被害者家族。中央は拉致被害者の横田めぐみさんの母・早紀江さん=2018年10月12日、首相官邸

レガシーを残すプロセスに入った安倍首相

 安倍晋三首相は9月に自民党総裁3選を果たし、10月に第4次安倍内閣を発足させた。首相の在任期間も、来年には戦前も含めた歴代1位になろうかという勢いである。他方、自民党総裁としての最後の3期目に入った安倍首相は、まだ先があるとはいえ、あと2年数カ月以内の時期に退任するという「政治日程」を背負い、アベノミクス(経済)にしろ、アベリティクス(政治)にしろ、いよいよレガシーを残さなければならないプロセスに入った。

 安倍氏が首相に返り咲いた6年前、まずは経済再生のアベノミクスが脚光を浴びたが、そのほかにも、憲法改正、北方領土解決と日ロ平和条約の締結、北朝鮮拉致家族問題の解決などに期待が高まった。さらに、地方創生、社会保障制度の改革、安全保障法制の整備、日中関係の改善などが、次々と政治的課題として浮上した。

 アベノミクスの三本の矢の一つであった異次元の金融緩和などにより、デフレに悩む日本経済が、少なくともデフレでない状況に転換したことは大きな成果である。また、安全保障法制の整備は、長年の課題に一つの結論を出したと評価できよう。“米中貿易戦争”の間接的効果かもしれないが、ここにきて日中関係が改善の方向に大きく踏み出せたことも含め、アベノミクス・アベリティクスが一定の成果をあげてきたのは確かだ。

 とはいえ、大々的に喧伝(けんでん)された2%の物価上昇目標は実現が危ぶまれ、経済回復も弱々しく、アベノミクスの最大課題であるサプライサイドの改革には、目に見えるものがない。財政の再建はいよいよ遠のいたのみならず、その破綻の懸念が議論され始めた。

 憲法改正は、そのプロセスに入ると思われるが、安倍首相の決意にもかかわらず実現は極めて難しいとの見方が強まっている。北方領土の解決は、すでに合意ずみの日ソ共同宣言の線に戻りつつあり、4島返還を視野に入れた領土問題の解決からは、はるかに後退している。

 こうして見てくると、安倍首相のイニシアチブに関しては、評価できる面と、期待を裏切っている面と、両面があると言わざるを得ない。

 本稿では、これらの課題のうち、拉致家族問題を含む北朝鮮問題に焦点をあて、安倍政権下でそれがどう展開されたか、今後どう対応するべきか、検討してみたい。

メドが立ちにくい拉致問題

 安倍首相が拉致家族問題を重要な問題として取り上げ、政治的エネルギーを多くつぎ込んだのは間違いない。しかし、現実には、解決の方向に向かうどころか、そのメドも立ちにくい状況となった。

 この問題は、安倍首相に限らず、時の政権、国会議員、民間団体、家族会、特定の個人などが長年にわたり関わり、取り組んできたものであるから、一朝一夕に解決するものではないのはもちろんだ。だが、安倍首相時代にひとつの「大きな転換」があった。

 それは、北朝鮮が拉致問題を無視するかのごとく、核・ミサイル開発に国家の総力を挙げて取り組んだことである。

北朝鮮への制裁を推進した日本

北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)火星15の試射。朝鮮中央通信が2017年11月30日に配信した=朝鮮通信北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)火星15の試射。朝鮮中央通信が2017年11月30日に配信した=朝鮮通信
 核・ミサイル開発は、米国に対する北朝鮮の安全保障戦略とみて間違いない。金正恩・朝鮮労働党委員長のもと、2、3年前からその開発・テストに拍車がかかり、ついに米国の安全保障を脅かす程度まで進展した。

 1990年代以来、北朝鮮の核・ミサイル開発をいかに止めるかは、国際社会の大きな課題であった。ただ、日本としては、常に拉致家族問題が並行的、ないし前面に出て議論され、日本独自の制裁などの対抗措置がとられてきたのが実態である。

 トランプ氏がアメリカ大統領に就任した2年前、安倍首相はいち早くトランプとの親密な関係を築き、信頼を得たうえで、北朝鮮問題の深刻さをトランプに認識させた(と見られている)。北朝鮮のミサイルテスト、核実験がエスカレートするなか、国連の制裁の拡大強化、日米などによる単独制裁の導入、米国の軍事的な圧力などが続く事態となったが、北朝鮮に対するこれらの制裁は、日本が国連において積極的に推進、強化してきた。

 ところが、北朝鮮は一昨年末、核・長距離ミサイル開発は終わったと宣言し、本年初めから対話路線に大きく舵を切った。韓国で開催された平昌冬季オリンピックを利用し、韓国の対話戦術に呼応し、「安全保障上の問題がなくなれば、核を持つ必要はない」とまで表明するに至った。その結果、4月には歴史的な「南北対話」が行われ、6月には、初めての米朝首脳会談も実現した。

重要性を増す非核化の進展

 このように、ここ数年、北朝鮮問題においては、北の核・長距離ミサイル開発をいかに止めるかが課題となり、日本における報道も、北の核実験、ミサイル開発のテスト、米国の厳しい反応などが大半を占めた。日本政府においても、北朝鮮問題と言えば、いかに核開発をやめさせるかが中心課題となり、日本固有の問題といってよい拉致問題は、なかなか表舞台に出てこない状況にあった。

 実際のところ、拉致問題の解決は、北朝鮮の非核化と体制保証が進み、米朝関係の正常化とあわせ出てくるであろう日朝国交正常化のプロセスの中で、具体的な解決を見出さなければならないだろう。とすれば、拉致問題を解決するために、動き始めた北朝鮮の非核化のプロセスを前に進めるよう、日本も努力しなければならない状況にあるのではないか。

 では、はたして北朝鮮の非核化は進むのだろうか。日本の対応も含めて、確認してみたい。

エポックメーキングな米朝共同声明

シンガポールで2018年6月12日、会談するトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=朝鮮通信シンガポールで2018年6月12日、会談するトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=朝鮮通信
 北朝鮮の非核化問題におけるエポックメーキングは、6月の米朝首脳会談後に発表された共同声明に「体制の保証」と「完全な非核化」が明記され、この二つがとりひきされる構図になったことである(トランプ大統領にどこまで戦略があったかどうかは疑わしいが)。なにより重要なのは、これが米朝のトップによる合意(署名した)だった点だ。北朝鮮問題を巡っては、これまでも米朝間に何度か合意があったが、トップ同士が合意したことはなかった。

 トップ同士の合意によって、北朝鮮の非核化を制裁や圧力による強制ではなく、話し合いで進める一歩が踏み出された。ただ、日本政府の北朝鮮への対応は、最近でこそ変化してきたが、当時は、非核化が完全に実行されなければ制裁は解除すべきではない▼各国は制裁の実効を上げなければならない▼海上における「瀬取り」を厳しく監視しなければならない――など、制裁の継続に重点が置かれていた。そして、非核化は「CVID」、すなわち完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化でなければならないと主張した。

 こうした日本の主張は、分からないわけでもない。だが、非核化の定義にしても、実現可能なCVIDの内容にしても、実は議論の対象であり、多くの困難があることは、専門家も認めているものである。それゆえ、この主張は、非核化は結局できないだろう、できないなら制裁は解かない、あるいはむしろ強化しろ、と言っているように映りかねない。

 非核化プロセスを前に進める知恵を

 そもそも北朝鮮は、核兵器を廃棄してしまうと、結局は自らを守ることができないと考えているから、絶対に核を放棄しないという有力な意見もある。それも否定はできない。しかし、大事なことは、このチャンスをとらえ、北を非核化へのプロセスに押し出すことである。

国連総会出席を控え「全拉致被害者の即時一括帰国を!国民大集会」で拉致家族会を人たちの前で発言する安倍晋三首相(左)=2018年9月23日、東京都千代田区の砂防会館別館国連総会出席を控え「全拉致被害者の即時一括帰国を!国民大集会」で拉致家族会を人たちの前で発言する安倍晋三首相(左)=2018年9月23日、東京都千代田区の砂防会館別館
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