細る外務省のパイプ。警察庁出身・北村内閣情報官のルートは機能するか
2018年11月29日
話し相手からけんか口調で責められると、誰でもムカッとくるものだ。国会論戦でも、野党議員からの追及に、怒り心頭に反論する安倍晋三首相の姿が散見される。特に首相の関心が強い分野の質疑ではよく目にする。
11月7日の参議院予算委員会で、安倍首相が「いちいち指を指されなくても分かっておりますから」と声を荒らげる場面があった。北朝鮮による拉致問題をめぐる質疑で、立憲民主党の有田芳生議員から、どのような「条件」が整えば北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との首脳会談が実現するのかと、早口で問い詰められた時だった。
安倍首相は続けた。
「(日朝首脳会談を行う)条件等について私が今ここで述べるべきだということについて、家族の皆様が言っているということは、これは全くないわけでありますから。家族の皆様が望んでいるのはそんなことではないんですよ。中身がちゃんと進んでいるかどうか、ということであろうと思うわけでありまして。ここで政局的にそういうことを取り上げるのはやめてもらいたい」
北朝鮮の非核化に向けた米朝協議が難航するなか、安倍首相が政権の最重要課題に位置づける拉致問題も解決の糸口が見えない。日朝交渉の見通しが立っていない現状にイライラしたのか。単に虫の居どころが悪かっただけなのか。
安倍首相の本心を推し量ることはできないが、筆者が気になったのはむしろ次のくだりである。
「北京の大使館ルート等、様々な手段を通じてやり取りを行ってきたところでございますが…(中略)詳細については明らかにすることは差し控えさせていただきたい」
この文脈の冒頭にある「北京の大使館ルート」とは、北朝鮮との正式な連絡手段だ。
北朝鮮とは国交がないため、お互いに在外公館を置いていない。このため、日朝がともに大使館を置く北京でやり取りを行うのが通例である。北朝鮮が核実験やミサイル発射をした際に日本側から抗議を申し入れる際や、公式協議の調整はこのルートが使われる。
注目すべきでは、これ以外の「様々な手段」である。
日朝はこれまでも、本格交渉に入る前には必ず水面下の接触を図り、相手の意思を探ってきた。今年8月末、米ワシントン・ポスト紙(電子版)は、安倍首相の側近である北村滋・内閣情報官と、北朝鮮の対南工作機関・朝鮮労働党統一戦線部の金聖恵統一戦略室長が7月にベトナムで極秘に会談していたと報じた。
この後も、北村氏が北朝鮮側と第三国で、秘密裏に接触したとの報道が続いている。再び本格交渉に向けて「水面下の接触」が始まったのだろうか。
その解に迫る前に、過去の日朝交渉がどのように行われてきたのかについて触れたい。
日朝交渉史で特筆すべきなのはやはり、金正日総書記が日本人拉致を認め、訪朝した小泉純一郎首相と国交正常化に向けた「平壌宣言」を署名した2002年の日朝首脳会談だ。外務省の田中均アジア大洋州局長が前年から、「ミスターX」と呼ばれた北朝鮮国家安全保衛部の柳敬第1副部長と秘密交渉を重ねた結果だった。
複数の日朝関係筋によると、日本外務省が北朝鮮の秘密警察機関である保衛部と関係を築いたのは2000年ごろ、田中氏の前任者、槙田邦彦アジア局長(在任中にアジア大洋州局に改組)時代だったとされる。外務省は2002年の小泉訪朝以降も、柳敬氏が粛清された後の一定期間を除き、担当者を代えながらこのパイプをつなげてきた。
最近では2014年に、北朝鮮が拉致被害者や行方不明者をはじめ、すべての日本人に関する調査を包括的に実施すると約束した「ストックホルム合意」が記憶に新しい。
この時も前年から秘密交渉が始まり、その任を小野啓一・北東アジア課長が担っていた。保衛部側のカウンターパートは、柳敬氏の部下だった50代の「課長」。その上司の「参事」と、伊原純一・アジア大洋州局長も同席し、北朝鮮の在外公館がある中国やベトナムなどで、通訳を交えて2対2の秘密協議が重ねられた。
この「参事」を名乗る男は、「2代目ミスターX」なのか。田中氏の交渉相手だった柳敬氏は副部長の肩書を持ち、協議の場で日本側の要求に即答することもあり、ある程度の裁量権を与えられていたようだ。一方で、「参事」の肩書は副部長より格下。日本側の提案に、その場では意思を示さず、「本国に持ち帰る」などと回答を保留する場面が目立ったという。
かつての柳氏ほどの権限は与えられていないのではないか――。秘密交渉を知り得る立場にあった首相官邸と外務省のごく一部の関係者の間にはそのような評価もあった。
ただ、金正日氏が拉致を認め、被害者5人の帰国につながった2002年の日朝首脳会談の記憶から、日本政府内には、保衛部を相手に事前交渉を進めれば、拉致問題に関して新たな局面が期待できるとの「保衛部信仰」があった。
北朝鮮が日本人に関する調査開始からまもなく伝えてきたのは、日本側が最優先とする拉致被害者の生存情報ではなかった。
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