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日韓「65年体制」を揺るがす「徴用工」判決

韓国司法に振り回される日韓関係と文在寅政権による「積弊清算」

奥薗秀樹 静岡県立大学大学院国際関係学研究科准教授

大法院差し戻し判決の衝撃

 それだけに、2012年5月24日の大法院による差し戻し判決は、日韓双方にとって衝撃的であった。元徴用工らがかつて働かされた日本企業を相手に、損害賠償と未払い賃金の支払いを求めた訴訟で、原告らの訴えを棄却した二審判決を破棄し、高等法院(高等裁判所に該当)に差し戻す判決を言い渡したのである。それは、「完全かつ最終的に解決済み」とする日本政府の主張と相容れないだけでなく、「請求権・経済協力協定」の適用範囲をめぐる韓国政府の見解とも異なるものであった。

 判決は、同趣旨の訴えを退けた日本の司法判断を承認する形で一審、二審と棄却された原告らの訴えをめぐり、大韓民国の憲法の規定に照らしてみた時、日本の朝鮮半島支配は不法な強制的占有に過ぎず、それが合法的であるとの認識を前提に下された日本の裁判所の判決は、その理由が韓国の憲法の核心的価値と正面から衝突するもので、受け入れられないとしたのである。

 そして、「請求権・経済協力協定」については、民官共同委員会の見解を踏襲したうえで、交渉過程において、日本政府は植民地支配の不法性を認めず、両国は日本の植民地支配の性格について合意に至ることが出来なかったが、そうした状況で、日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や、植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権が、「請求権・経済協力協定」の適用対象に含まれると見るのは困難である。そうした点に照らしてみると、元徴用工らの損害賠償請求権については、「請求権・経済協力協定」によって個人請求権が消滅していないことはもちろん、大韓民国の外交保護権も放棄されていないと見るのが妥当である、としたのである。

 判決では、民官共同委員会が「請求権・経済協力協定」によって解決したとはいえないとした「日本の国家権力が関与した反人道的不法行為」に、「植民地支配と直結した不法行為」が加えられ、「植民地支配と直結した不法行為」である強制動員の被害者の個人請求権も「請求権・経済協力協定」の対象外であり、元徴用工の日本企業に対する請求権は消滅したとはいえないとされたのである。これは、明らかに韓国政府の公式見解とは異なる判断であった。

差し戻し上告の棄却と判決の確定

 2018年10月30日、大法院で上告が棄却され、判決が確定した。大法院の差し戻し判決や高等法院の差し戻し控訴審判決の内容を踏襲しながら、そこには,さらに一歩踏み込んだ明快かつ重大な判断が示されていた。

 すなわち、強制動員被害者の損害賠償請求権について、それは、「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配、及び侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする、日本企業に対する慰謝料請求権」であって、「未払い賃金や補償金を求めるものではない」と規定したうえで、「請求権・経済協力協定」の適用対象に含まれるとは言えないとしたのである。

 判決は、「請求権・経済協力協定」自体も、その付属文書も、韓国による八項目の「対日請求要綱」も、そのいずれもが、日本による朝鮮半島植民地支配の不法性を踏まえたものではなかったとする事実認定に基づくものであった。「請求権・経済協力協定」によって個人請求権が消滅していないとする判断の根拠を「日本による植民地支配の不法性」の認定に置いたわけである。韓国の司法が、反人道的な不法行為によって強制動員された被害者に損害を与えた日本企業のみならず、不法な植民地支配そのものを断罪し、その責任を問うたわけである。この点が、今回の大法院判決によって、韓国の司法判断として確定したという事実は、重大な意味を持つことになる。

 この論理が貫徹されると、徴用工問題のみならず、植民地支配下で損害を被ったとされるありとあらゆる事案が「請求権・経済協力協定」の対象外となり、際限なく慰謝料請求訴訟が提起される道が拓かれることになる。それはまさに,「65年体制」の崩壊へとつながりかねないものである。

 65年の日韓国交正常化が、まさにその点をあえて曖昧にすることによって妥結に漕ぎ着けることができたという点を考えると、その後今日に至るまでの日韓関係は、その「曖昧さ」を前提として成り立ってきたということもできよう。今回の判決は、司法府として、その「曖昧さ」を放置せずに正すことを行政府に求めているようにも映るだけに、扱いによっては、両国関係の根幹を揺るがす潜在力と危険性を秘めていると言わざるを得ない。

 こうした判断が、韓国の司法によってなされるに至った背景には何があるのか。整理してみたい。

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筆者

奥薗秀樹

奥薗秀樹(おくぞの・ひでき) 静岡県立大学大学院国際関係学研究科准教授

静岡県立大学現代韓国朝鮮研究センター副センター長。専門は現代韓国政治外交。朝鮮半島地域研究。韓国・延世大学大学院政治学科修士課程留学後,広島大学大学院社会科学研究科博士課程前期修了(学術修士)。九州大学大学院比較社会文化研究科博士後期課程単位取得退学。NHK記者,朝日新聞記者,韓国・東西大学国際学部助教授等を経て,2010年より現職。主な論文に,「韓国司法が揺るがす日韓関係」,「朴槿恵政権と日韓関係の隘路」,「盧武鉉政権と米韓同盟の再編」,「朴正煕のナショナリズムと対米依存」等。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです