国後・択捉の将来の引き渡しを排除しない条文の書き方が必要だ
2018年12月03日
1956年の日ソ共同宣言以降殆ど進捗を見ることのなった北方領土交渉が、先月のシンガポール及び今月初めのブエノスアイレスにおける日ロ首脳会談を契機に、解決に向かって大きく前進する見通しとなったことは感慨深いものがある。
私が初めてソ連の土を踏んだのは、1960年代半ばの米国留学において、専攻した国際関係論の一環として米ソ関係とロシア語を学んだ際に、米ソの大学生交換プログラムの米側一員に選ばれて、ひと夏をモスクワはじめソ連内の各地で過ごしたときである。当時のソ連国民の生活レベルは低く、デパートの棚に商品が殆どない状態であり、何で日本はこの国に北方領土を不法占拠されているのか、との悔しい思いを強くした。
それ以来この国には大きな関心をもってきたが、直接に日ロ関係の仕事に携わるポストには恵まれず、唯一の機会は、内閣外政審議室長として橋本龍太郎、小渕恵三の両首相の外交関係アドバイザーを務めていた際であった。
私は個人的には、4島の日本帰属を求める内容の川奈提案をロシアが受け入れる可能性はほとんどないと判断していたが、極寒のクレムリンでエリツィン大統領から冷たい返事を突き付けられた時の小渕総理の寂しそうな顔は、今でも鮮明に覚えている。
そしてそれから20年、私なりに日ロ双方に受け入れられる北方領土問題解決案は何かを模索してきた。外交に100%の勝利はないが、特に戦争でとられた領土を外交交渉で取り戻すことは至難の業である。過去の歴史や法と正義の原則はもちろん重要であり、それを主張することは当然であるが、それを唱えるだけでは合意は得られない。唯一あるのは、現実的な解決法である。
今回ようやくその道筋が見えてきたことに強く元気づけられる。
これまで日ロ双方が原則論を繰り返すのみで全く歩み寄りが見られなかった領土交渉に、初めて解決の兆しが見えたと判断する根拠は、「前提条件なしに、先ず平和条約を」とのプーチン提案を切り返す形で日本側がシンガポール会談において提案した「56年の日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」との交渉方法にロシア側も同意したことによる。
これにより、56年宣言の内容が交渉の基本原則となるが、これと併せて、両国の首脳が度々言及している「双方に受け入れ可能な解決策を見出す」こと、及び日本政府の元来の立場である「4島の帰属を解決して平和条約を締結する」ことが交渉の行方を読み解くキーフレーズとなる。
その後安倍首相は「4島の帰属を解決して」という代わりに「領土問題を解決して」と表現しているが、これは4という数字に焦点が当たることを避けるためであり、実質的には同じ意味である。
双方に受け入れ可能な解決策を見出すためには、まず双方が絶対に受け入れられないことは何かを明確にしなければならない。
日本が受け入れられないことは、①歯舞・色丹の引き渡しが主権抜きであること、および②国後・択捉についての協議、交渉が今後は行われないと解釈される文言が平和条約上に規定されることである。
他方、ロシアが受け入れられないのは、①国後・択捉について継続交渉が行われることが平和条約上に明示的に言及されること、および②歯舞・色丹が引き渡された後、その領域が米軍によって軍事利用されることである。
56年の共同宣言を基礎として4島の帰属を考えると、歯舞・色丹の日本帰属は当然であるが、国後・択捉の日本帰属を主張する根拠は見出せない。日本が、今回の交渉の基本原則には1855年の日魯和親条約やサンフランシスコ講和条約、さらには1993年の東京宣言まで含むものとして、国後・択捉の日本帰属を主張することは可能であるが、ロシアがそれを受け入れる可能性は全くないといわざるを得ない。
さらに歯舞・色丹の日本帰属は認めるが、国後・択捉の帰属は棚上げにして継続交渉とする解決法(いわゆる2島先行論)は日本にとって望ましいものであるが、これもロシアの拒否することになろう。
従って現時点において双方が妥協を示して受け入れ可能な基本的な帰属形態は、歯舞・色丹は日本の領土、国後・択捉はロシアの領土という線引き以外は考えられない。
日本にとっては、過去一貫して日本固有の領土と主張してきた国後・択捉のロシアへの帰属を認めることは容易なことではなく、国民がそれを理解するためには、将来何らかの形でこの両島の日本への引き渡しがありうることを排除しないような条文の書き方が必要である。
(1) この線引きにおいて両国にとって最も重要な点は、国後・択捉の帰属確定に当たっての条約上の文言である。
上記の通り日本にとっては、将来の引き渡しにつながる何らかの手がかりを明示することが必要であり、この両島における共同経済活動の推進を明記することはその観点から重要である。
さらに、両島のこれ以上のロシア化を食い止めるためには、両島に対して、日本が多額の経済協力を実施することも必要である。現在のような醒めた日ロ関係の下では、ロシアが近い将来に国後・択捉の日本帰属や返還を認めるとは考えられないが、平和条約の締結、およびそれに伴う共同経済活動の推進、両島と日本とのあらゆる面での交流促進などによって、両国関係が飛躍的に強化され、地元民の日本に対する期待や感情も大幅に好転すれば、将来、国際情勢の大きな変更を契機に、両島の返還あるいは買戻しの可能性はあると判断される。
(2) 他方、両島に関する協議、交渉が今後も行われる可能性が明示的に示される文言はロシア側が了承しないので、この点の平和条約上または交換公文上の具体的表現には微妙なバランスが必要である。
(3) 歯舞・色丹については、主として以下の2点についての付随合意が必要となろう。
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