燃料増税に反対する「ジレ・ジョンヌ」によるデモは「マクロン辞任」要求にまで発展
2018年12月04日
このところ、フランスで「ジレ・ジョンヌ(黄色のチョッキ)」と言う言葉を聞かない日はない。
燃料増税反対に端を発した市民団体「ジレ・ジョンヌ」によるデモは今や、「マクロン辞任」要求にまで発展し、「革命前夜」(仏メディア)の様相だ。一方で、デモにまぎれた「キャサール(壊し屋)」によるフランスの象徴・凱旋門(がいせんもん)への襲撃事件があったり、クリスマス商戦が直撃を受けたりで、厭戦(えんせん)気分も漂いはじめた。
12月1日午前6時半。3回目の「ジレ・ジョンヌ」による大規模デモに備えて、シャンゼリゼ大通りはコンコルド広場から凱旋門までの約2㌔が封鎖された。車も人影も途絶え、歩道のテラスも撤去されて、ふだんは賑やかな通りも森閑。「壊し屋」の襲撃に備えて、香水店や有名ブティックは板張で“防御”していた。
そんな様子を路上観察していると、夜明け前の薄暗い中、「ジレ・ジョンヌ」姿の男性3人が近づいてきた。デモ隊の一員?と思ったら、パリ市の清掃員だった。いつもの通り、散水車を従え、道路清掃に励んでいた。
「ジレ・ジョンヌ」は道路作業員などが「保安」用に着用するビニール製のチョッキのことだ。目立つ黄色地に蛍光塗料で横線が2本入っているのが基本。1.01ユーロ(1ユーロ=約130円)から1.5ユーロが相場。ポケット数などいろいろ意匠を凝らすことで価格に差が出る。
「農業大国フランス」を支えているのは、国土の約53%の農地を約45万所帯(2017年現在)の少数で担っている彼らだ。にもかかわらず、平均年収が1万5000ユーロ、月収1250ユーロだ。過酷な自然と闘いながら、バカンスも取らず、というより取れない厳しい生活環境だ。大型トラクターはもとより地方では車は必需品。今回の増税は排気ガスの多いジーゼルへの課税が特に高い。
雨がパラつきだした午前8時ごろにやってきたのは、女性1人を交えた7人の集団だ。「パリ在住の年金退職者」と女性が答える。どうやら彼女がリーダーらしい。全員ジーンズ姿で颯爽(さっそう)としている。「年金にかける税金まで増税なんてヒドイ」と女性が言うと、男性たちもうなずく。
フランスでは昨年来、ガス、電気はもとより、あらゆるものが増税だ。「仲間とは凱旋門で10時集合。何人くるか不明」という。三々五々やってくる彼らの背中には「議会解散」「マクロン辞任」と共に、ドゴール将軍がアルジェリア独立に関し、「理解した」と述べた有名な言葉もかかれていた。
フランス人にとって、デモは1789年のフランス革命以来、継承された遺伝子であり、「血が騒ぐ」のかもしれない。誤解を恐れずに言えば、生きがいであり、広義の意味でのレジャーだ。大小を合わせると、デモの回数は年間3000回という数字もある。
1848年2月革命の目撃者、アレクシス・ド・トクヴィル(政治家、歴史家)の『回想録』の一節にこうある。
《人々はバリケードに最後の石を積んでいた。これらのバリケードは巧みに少人数で築かれたのであり、人々は大変小まめに働いていた》
トクヴィルはその熱心な姿に感嘆しているが、まったく同感。フランス人のストやデモ時の、通常とは別人のような働きぶりには、普段のノンベンダラリぶりを知っているだけに、目を見張る。フランス在住の日本人の中には、「やればできるじゃない」とつぶやく者もいる。
第1回の大規模デモが実施されたのは11月17日の土曜日。全国で約29万人が参加した。死者1人の惨劇も発生した。「ジレ・ジョンヌ」を象徴する事件だった。
被害者は64歳の女性。この日、生涯で初めてデモに参加した年金生活者だった。これまでの増税では、年金は例外的措置がなされる場合が多かったが、今回はその「思いやり」がなく、参加したという。デモ参加者の中に白髪が目立つのも「ジレ・ジョンヌ」の特徴だ。
加害者は40代の女性。子供が病気で病院に急行中だった。道路を封鎖したデモ隊に取り囲まれ、ボンネットや屋根をたたかれ、パニックに陥り、急発進させて、この女性をはねた。厳戒態勢中の警官に「殺人罪」の現行犯で逮捕されたが、被害者の遺族は当局に、「配慮」を申請中だ。
最新の世論調査ではマクロン大統領の支持率は26%。「独裁者」との評は79%にのぼった。大統領は増税実施の1月1日までに各界の意見を聞き、「方法は熟慮する」と約束したが、「(増税方針は)堅持」を宣言した。
昼すぎ。シャンゼリゼ大通りは凱旋門付近が催涙ガスで煙り、車が放火されて火の手が上がった。歩道や車道には、さまざまなかけらが飛び、近づき難い。
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