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百田尚樹著「日本国紀」から憲法を考える(後編)

内山宙 弁護士

押し付け憲法論について

 戦争放棄幣原発案説のことばかり書いてしまいましたので、押し付け憲法論について簡単に触れておきます。

憲法公布を祝い乾杯する吉田茂首相(右)。左は幣原喜重郎、中央は金森徳治郎の両国務相=1946年11月、首相官邸拡大憲法公布を祝い乾杯する吉田茂首相(右)。左は幣原喜重郎、中央は金森徳治郎の両国務相=1946年11月、首相官邸
 そもそも、日本はポツダム宣言を受諾して戦争は終わったわけですが、その中には軍国主義の除去、民主主義の強化ということが盛り込まれていました。しかし、松本烝治を中心に作り、新聞にすっぱ抜かれた当初の改憲草案は、天皇の権力が強いままで明治憲法とあまり変わらないもので、ポツダム宣言の方向性に反していました。日本政府だけでは、民主的な憲法が作れないような状況があったわけです。

 その当時、民間でもたくさんの憲法草案が作られていました。憲法研究会という民間団体が作った憲法草案をGHQが見たところ、できがよいということで、GHQはこれも参考に草案を作成しました。そのGHQ草案を元にして日本政府案が作成され、帝国議会で何カ月も審議されたうえ、いくつかの修正(9条の芦田修正、生存権など)が盛り込まれ、明治憲法の改正として成立したのが日本国憲法でした。憲法研究会のメンバーだった鈴木安蔵も国会議員に当選して、その審議に加わっています。本来、こうした経緯も「日本国紀」で触れられてしかるべきだったと思います。

 さらにGHQは、日本国憲法の成立後、憲法を改正してもよいと吉田茂に伝えていましたが、吉田は憲法改正をしませんでした。そして、これまで70年以上にわたって日本国憲法は運用されてきたのです。

 この点については、全日本おばちゃん党代表代行の谷口真由美先生(大阪国際大学准教授)の表現が分かりやすいです。「日本国憲法は、最初は見合いだったかもしれないけれども、70年以上連れ添ってきたところ、急に新しい奥さんがいいと言い出して捨てられても困る」というのです。

 このように見てくると、今更、押し付け憲法だから変えなければいけないというのはちょっと違うのではないかという気がします。要は、憲法のどの条文にどのような問題があって、どの程度改正の必要性があるのかということではないでしょうか。

 なお、百田氏は、ハーグ陸戦条約では、戦勝国は敗戦国の法律を変えてはいけないと書いてあるとしていますが、条文を確認したところ、「占領者ハ万已ムヲ得ザル場合ノ外(ほか)占領地ノ現行法律ヲ尊重シ」(陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則43条)というものでした。同じような内容に見えるかもしれませんが、表現が違うと違う印象を受けるかと思います。また、一般法であるハーグ陸戦条約よりも特別法であるポツダム宣言の方が優先するという考え方もありえます。

 このように、議論のあるところは、議論のあるまま根拠とともに提示していくのが学問のあり方だと思います。ただ、繰り返しになりますが、「日本国紀」はエンタメ作品なので、そういう書き方もありうるのでしょう。

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筆者

内山宙

内山宙(うちやま・ひろし) 弁護士

1974年、愛知県生まれ。中央大学法学部卒、成蹊大学法科大学院修了。裁判所勤務の傍ら夜間の法科大学院に通い、2007年司法試験合格。08年弁護士登録(静岡県弁護士会)。静岡県弁護士会・憲法委員会委員、日弁連・法科大学院センター委員。エンタメ作品を題材とした憲法の講演を多数回開催している。著書に『これでわかった!超訳特定秘密保護法』(岩波書店・共著)、小説『未来ダイアリー もしも、自民党改憲草案が実現したら?』(金曜日)などがある。

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