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百田尚樹著「日本国紀」から憲法を考える(後編)

内山宙 弁護士

今国会で初めて開かれた衆院憲法審査会は、立憲民主党など野党議員が欠席。幹事選任の手続きのみがあった=2018年11月29日拡大今国会で初めて開かれた衆院憲法審査会は、立憲民主党など野党議員が欠席。幹事選任の手続きのみがあった=2018年11月29日

 前編に続いて、エンタメ作品としての「日本国紀」から憲法を学んでいきましょう。予告した通り、後編では日本国憲法の制定過程と現在の憲法改正の動きについて取り上げていきます。

「戦争放棄」は誰の発案か?

 百田尚樹氏は、日本政府が憲法改正案を作ろうとしたら新聞にすっぱ抜かれ、その内容が明治憲法からあまり変わらなかったためマッカーサーが激怒して、GHQ(連合国最高司令官総司令部)が1週間程度で作らせた「GHQ草案」を日本に押し付けたといいます。そして、戦争放棄を定めた9条が当時の首相である幣原喜重郎の発案だという説を取り上げて、マッカーサーの発案であることは明らかだと主張。幣原発案説を否定するのです。

 理由は、昭和21年2月3日に出された「マッカーサー・ノート」と言われる、憲法制定に関する基本方針(マッカーサー三原則)に書いてあったからです。GHQはそのマッカーサー・ノートを基本方針にして、GHQ草案を作ったとしています。

 しかし、この「戦争放棄幣原発案説」は、マッカーサーや幣原自身が言っていることです。それによると、発案の時期は昭和21年1月24日、体調不良の際にマッカーサーから薬をもらったお礼をいうため、幣原が面会した時のことで、マッカーサー・ノートが出される前のことだというのです。

 マッカーサー・ノートが作成される前に幣原から戦争放棄を提案しているのであれば、それを受けてマッカーサー・ノートに戦争放棄が盛り込まれていても、時系列的におかしくはない。幣原発案説が否定されることにはなりません。幣原はGHQ草案を示されたときに、驚いたような芝居を打ったことになります。

 もっとも、幣原発案説は何年もたってから明らかにされたことで、憲法制定当時は知られていませんでした。新聞にすっぱ抜かれた当初の憲法改正案を作った松本烝治などは押し付けられたと思っていましたし、吉田茂はマッカーサーから言い出して、幣原が意気投合したことはあるかもしれないという言い方をしていました。そうした状況からすると、幣原発案説はおかしいという見方もあります。

 つまり、幣原発案説とマッカーサー発案説の両説があって、どちらとも決め手を欠くということです。にもかかわらず、都合の悪いことには触れずに、自説を断定して展開するのは、学術的な態度ではありません。「日本国紀」は歴史書ではなく、百田氏のエッセイだと言っているのはそのためです。

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筆者

内山宙

内山宙(うちやま・ひろし) 弁護士

1974年、愛知県生まれ。中央大学法学部卒、成蹊大学法科大学院修了。裁判所勤務の傍ら夜間の法科大学院に通い、2007年司法試験合格。08年弁護士登録(静岡県弁護士会)。静岡県弁護士会・憲法委員会委員、日弁連・法科大学院センター委員。エンタメ作品を題材とした憲法の講演を多数回開催している。著書に『これでわかった!超訳特定秘密保護法』(岩波書店・共著)、小説『未来ダイアリー もしも、自民党改憲草案が実現したら?』(金曜日)などがある。

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