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辺野古へ土砂投入の日、本当に報じるべきだった事

「後戻り困難に」と伝えた私たちメディア。国のPR作戦に乗せられたのではないか

島袋夏子 琉球朝日放送記者

移設ではなく、巨大基地建設に

拡大辺野古の海に土砂を入れる重機=2018年12月14日(琉球朝日放送提供)
 普天間基地の返還が発表されたのは22年前、橋本首相とモンデール駐日米国大使の共同記者会見だった。

 当時大学4年生だった私に、アルバイト先の朝日新聞那覇支局から「明日本土からたくさん記者が来るから、雑用をお願い」と電話がかかってきた。

 翌日、沖縄タイムスビルにある那覇支局に行くと、狭い支局は、全国からたくさんの応援記者が駆けつけてきて、ひしめき合っていた。大学生アルバイトの目から見ても、沖縄が歴史的節目を迎えているのだと、興奮が伝わってきた。

 あれから22年も経って、地元テレビ局の記者になった自分が、こんな皮肉な形で取材するとは思ってもみなかった。

 普天間返還は「沖縄問題の象徴」とされていた。その実現が、地上戦で多大な犠牲を払い、戦後も米軍占領下で惨めな生活を強いられた沖縄の「戦後」を前進させるものだとみられていた。

 ところが華々しい発表にはウラがあった。普天間を返すには代替施設が必要だったのだ。しかも代替施設予定地としては、ほとんど本土で候補地が検討されず、沖縄県内で迷走することになった。

 結局、普天間基地からわずか40キロの名護市辺野古に落ち着き、計画は沖に浮かぶ小さな海上ヘリポートから、形を変え、次第に規模や機能を増強させていった。気が付くと、滑走路は1本増え、1800メートルのV字型に。図面には密かに、軍港機能を備えることが記され、弾薬搭載エリアも併設する、巨大基地計画にすり替わっていた。

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筆者

島袋夏子

島袋夏子(しまぶくろ・なつこ) 琉球朝日放送記者

1974年沖縄県生まれ。琉球大学法文学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修了。 山口朝日放送で約10年勤務したのち、2007年に琉球朝日放送入社。米軍基地担当などを経て、現在はニュースデスク、調査報道担当。2014年「裂かれる海~辺野古 動き出した基地建設~」で第52回ギャラクシー賞番組部門大賞、2016年「枯れ葉剤を浴びた島2~ドラム缶が語る終わらない戦争~」で日本民間放送連盟賞テレビ報道部門最優秀賞、2017年石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門奨励賞など。

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