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日米貿易戦争の原点 サイドレターを追って(上)

外交文書公開で明らかになった秘密書簡と半導体交渉の迷走

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1986年の日米半導体協定署名の際に存在が伏せられた「サイドレター」には、「外国系半導体の販売が5年で少なくとも日本市場の20%を上回るという米国半導体産業の期待を、日本政府は認識」と書かれていた=2018年12月、東京・霞が関の外務省拡大1986年の日米半導体協定署名の際に存在が伏せられた「サイドレター」には、「外国系半導体の販売が5年で少なくとも日本市場の20%を上回るという米国半導体産業の期待を、日本政府は認識」と書かれていた=2018年12月、東京・霞が関の外務省

開示された「サイドレター」を手に

 日米両政府のぶつかり合いが、手書きやタイプ打ちの議事録に生々しい。めくっては赤線を引くうち、強烈なデジャブ(既視感)に襲われた。

 1980年代後半、日米が世界市場を争った産業のコメ・半導体をめぐる「貿易戦争」の詳細が、外務省による2018年12月の外交文書公開で明らかになった。そこから浮かぶのは、今のトランプ政権と日本、そして中国とのつばぜり合いを彷彿(ほうふつ)とさせる光景だ。

 かつて日米関係を迷走させた秘密書簡として長年取りざたされ、今回ついに開示された「サイドレター」を手に、当時の関係者を訪ね歩いた。

禍根を残した数値明記

 サイドレターは1986年9月、日米半導体協定の署名と同時に、松永信雄・駐米大使と米国通商代表部(USTR)のヤイター代表の往復書簡として交わされた。後々まで禍根を残したのは、「5年間で少なくとも20%を上回る」として、外国系半導体の日本市場でのシェア「20%」が明記されたことだ。

 書きぶりは微妙だ。英文の原本を訳すと「20%を上回るという米国半導体産業の期待を、日本政府は認識する」とある。日本政府が保証するとは書いていないが、「20%」の実現を「日本政府は可能と考え、歓迎する」とし、それは外国や日本の業界に加え「両政府の努力による」とした。

 米レーガン政権は87年4月、協定を結んでも日本市場の閉鎖性や日本企業のダンピング輸出が変わらないとして、「外国の不公正な貿易慣行」に対する通商法301条を発動。戦後初の本格的な対日経済制裁に踏み切った。日本政府は不当だとして、関税貿易一般協定(GATT)に訴えた。

 その衝突の主因がサイドレターだったことが、今回の外交文書公開ではっきりしたのだ。

 だが、その頃の朝日新聞をデータベースで調べても、サイドレターに関する記事はほとんどない。86年の協定締結時にサイドレターの存在を日米両政府が伏せたからだ。読者は半導体摩擦の根幹に何があるのかわからないまま、それが日米関係にもたらした異常な緊張を伝える報道に連日、接していたことになる。


筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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