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日米貿易戦争の原点 サイドレターを追って(上)

外交文書公開で明らかになった秘密書簡と半導体交渉の迷走

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

元ワシントン特派員の意外な言葉

 作成から30年がたった文書は原則公開という外務省の内規に従い、サイドレターは2018年12月に秘密指定を解除される。これをもとに、1980年代の「半導体戦争」の背景や今とのつながりについて記事を書きたい。そう思って師走の街を歩き回った。

1980年代に日米経済摩擦を朝日新聞のワシントン支局員として取材した船橋洋一氏=2018年12月、東京・赤坂拡大1980年代に日米経済摩擦を朝日新聞のワシントン支局員として取材した船橋洋一氏=2018年12月、東京・赤坂
 まず、当時の報道ぶりを知ろうと、朝日新聞ワシントン支局員だった船橋洋一氏(74)を東京・赤坂の事務所に訪ねた。実は船橋氏は、協定締結時の朝刊1面の署名記事でサイドレターの存在を指摘している。そこには、「5年後の米製品の日本市場でのシェアを20%程度とするとの努力目標を示した非公開の付属文書を取り交わした」とある。

 ところが、このくだりは記事の末尾に置かれ、見出しに取られてもいない。なぜなのか……。

 船橋氏は当時の記事のコピーを眺めながら、意外な言葉を発した。

「ピンと来てないねえ。ごめん。よく覚えてないんだ。半導体の問題が後であそこまで大きくなるというのは、力不足で察知できていなかった。前の年にドル高是正のプラザ合意があって、取材が通貨一色になったからかなあ」

サイドレターの存在を伏せた両国政府

 日米関係に造詣が深い船橋氏に「力不足」はないだろう。それから32年も経って日本政府がようやく公開するサイドレターの中身を、当時すでに書いているのだから。おそらく船橋氏がそこを記事で強調しなかったのは、それほど驚かなかったからだ。

 サイドレターが交わされる半年前の86年3月の段階で、朝日新聞には「大手5社、米半導体製品の輸入増確約 国内シェア20%に」という見出しの記事が出ている。ロサンゼルスでの日米半導体業界の協議で「13%から90年に20%に引きあげる」と日本側が約束したという内容だ。同席した通産省(今の経済産業省)も保証したとあり、行政指導で日本の経済成長を支えたと自負する通産省の面目躍如といったところだ。

 日本の業界が約束し、通産省もお墨付きを与えたとすでに報道されている「20%」が、政府間で正式に結ばれた協定の付属文書にも努力目標として入った。それを抑えておこうという感じが、協定締結時の船橋氏の記事から伝わってくる。

 サイドレターの存在を知る船橋氏は87年春、ワシントン支局員から米国のシンクタンクへ出向。ちょうどその頃に日米の半導体摩擦が再燃する。原因となるサイドレターの存在を両国の政府は伏せ続け、1年後にプレストウィッツ・前米商務審議官が著書でサイドレターの存在を指摘するまで、朝日新聞で「20%」に触れる続報はほとんどない。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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