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日米貿易戦争の原点 サイドレターを追って(下)

外交文書公開で明らかになった秘密書簡と半導体交渉からの教訓

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

「こんなものけっ飛ばせ」

1995年11月のAPEC大阪会議の際の会談前に話す橋本龍太郎通産相(右)とカンター米通商代表。両者は自動車問題で激しくわたりあった。拡大1995年11月のAPEC大阪会議の際の会談前に話す橋本龍太郎通産相(右)とカンター米通商代表。両者は自動車問題で激しくわたりあった。
 剣道が得意だった橋本龍太郎通産相が、カンターUSTR代表からプレゼントされた竹刀をカンター氏に持たせ、切っ先を自分ののど元に当てた映像をご記憶だろうか。自動車問題をめぐる95年6月の閣僚協議前のパフォーマンスにはそんな背景があった。

 そういえば、朝日新聞アメリカ総局長として当時ワシントンにいた船橋氏もこう語っていた。

 「クリントン政権はnumerical target(数値目標)という管理貿易で一番ugly(醜悪)なものを日本に飲ませようとした。レーガン政権が半導体でやったのを見ていて、なぜ自動車でできないんだと。その時、橋本龍太郎は役人から『大臣、半導体の失敗がありますからこれだけはやっちゃいけません』と言われて、『そうか。こんなものけっ飛ばせ』となった」

 半導体で92~93年に「日本市場での外国系半導体シェア20%」が実現し、米業界が復調する一方、韓国など新興国の成長もあって利害関係が錯綜(さくそう)する国際経済でWTOでの紛争処理が重みを増し、日米を初め二国間の摩擦は影を潜めていった。

 そこへ、とにかく二国間交渉で米国に有利にことを運ぼうとするトランプ政権が2017年に登場したのだ。

米国との関係を悪化させるだけ

 大矢根氏は率直に驚きを語った。

 「大統領自身がWTOは信用できないと公言し、WTOをスルーして次々と関税を引き上げている。米中では制裁をすればやり返すという貿易戦争になった。多くの専門家が予想しなかった事態です」

 こんな米国にどう対応するかを考える時、半導体問題で日本の得た教訓は各国にとって貴重なはずだ。それは、米国との関係がどれだけ重要であっても、あるいは米国との関係が重要であるならなおさら、たとえ自国の経済が上り調子でも、米国との経済摩擦を解消しようと数値目標に言及してはならないというものだ。

 米国は数値目標が実現しなければ不信を強め、実現すれば手応えを得て、いずれにせよますます数値目標にこだわるようになる。逆に相手国はそんな米国に辟易(へきえき)として、数値目標を拒むようになる。米国との関係を壊してはならないとの思いで言及した数値目標は、その場しのぎにしかならず、むしろ米国との関係をより悪化させることになるのだ。


筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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