一方的な情報発信、日本流の取り調べにやきもきするフランス人だが……
2018年12月26日
12月22日、クリスマス休暇を前に、早朝からカルロス・ゴーン氏(64)の保釈を期待していた在日フランス大使館員にとって、氏の「三度目の逮捕」、それも「特別背任の疑い」という極めて不名誉な罪での逮捕は、文字どおり「予期せぬ悪夢」だった。
フランス外務省の日本関係者は「これまで、あまりにも一方的な情報しか発信されなかった」と嘆く。
はじまりは11月19日、羽田空港での劇的な「ゴーン逮捕」は、日本の有力メディアにリークされ、大きく報道された。西川広人社長兼CEO(最高経営責任者)による迅速な記者会見。その後もゴーン氏による様々な“悪行”が次々と報じられ、「極悪人ゴーン」のイメージがあっという間に出来上がった。いまや、「うっかり反論することは、独立国家日本の司法の独立を犯したり、批判したりすることになりかねないので、注意深く傍観するしかない」(関係者)という状況だ。
フランスのメディアは、「日本攘夷(じょうい)論」などを展開した。日本は1858年、「安政の5カ国条約」でフランス、イギリス、オランダ、ロシア、アメリカと通商条約を締結。2018年には、日仏で160周年の式典で盛大に祝われたが、残念ながら「外国人」に対して平常心ではいられない「攘夷」の気分が、事件の底流にあるという指摘だ。
こうした「攘夷」思想の裏返しが、日産を再建したころの、ゴーン氏に対する異常ともいえるスター扱いだった。実際、当時の日本では「アラン・ドロンより知名度が高い人気男」風の持ち上げ記事が氾濫(はんらん)した。ゴーン氏が「いい気」になった原因には、フランス人もあきれ返った日本における異常なゴーン・ブームもあったかもしれない。
ただ、この「日本攘夷論」も焼け石に水の感は否めなかった。そんななか、“ゴーン悪漢論”に対するフランス側の反撃で多少、注目されたのは、「三度目の逮捕」直前に発売された経済週刊誌「チャレンジ」の西川社長の特集だ。同誌の株主陣にはルノーが参加しているので、ルノー側、フランス側の反論とみていいだろう。
「執行人」という、死刑執行人を連想させる見出しの記事は東京特派員によるものだ。
ルノーやプジョーなどフランス車専門のアナリスト、クリストファー・リシテール氏のコメントも紹介している。リシテール氏は「彼(西川社長)がゴーン逮捕後の11月19日夜の記者会見で、雑駁(ざっぱく)な告発でカルロス・ゴーンを生き埋めにするのをこの目で見た。ブルータスによるシーザー暗殺劇を直接、目撃した印象を受けた」と言い、「ルノーでは、もし告発が事実なら、日産も同罪。連座するべきだと考えている」という指摘も伝えている。
ゴーン氏は2017年4月の西川社長任命時の記者会見で、「私は常に、日本人が自分の後継者になることを望んでおり、数年前から西川氏がそうなるよう準備をしてきた。彼に全面的な信頼を寄せている」と、任命理由を説明した。だが、日産の業績は西川氏の社長就任以来、下降線をたどるなど芳しくない。同年9月には完成車検査の不備問題も発覚するなど、悪いニュースが続いた。
「ゴーン逮捕」の引き金について、ゴーン氏がルノーと日産の合併問題を画策したからだとか、業績不振の西川社長の更迭をはかろうとしたためだ、などのニュースが報じられている。真実はどこにあるのか。
在日フランス大使のピッグ氏は早々に面会して以来、「何回か面会に行っている」(フランス外務省日本関係者)。畳で寝る習慣のないゴーン氏の狭い独房に最近、小型ベッドが持ち込まれたのは、大使の請願の結果だという。ただ、食事はフランス料理とはいかず、ご飯とみそ汁といった日本食だ。
フランスでは許可される尋問時の弁護士の同席は許されていないことにも、フランス側は不満を募らせる。尋問は英語で行われている。ゴーン氏にとって英語でのやりとりは問題はないとはいえ、母国語でない言語での尋問には極度の注意力が必要だし、不安なはずだと関係者は口をそろえる。
知り合いのフランスのベテラン判事は、「日本でもたぶん同じだと思うが、フランスでは容疑者を有罪にする確実な方法は自白だ。従って検事による尋問は厳しいものになる。耐えられなくなって自白する容疑者は少なくないが、なかには早く尋問から逃れたい一心から、ウソの自白をして後で撤回すればいいという考えに陥る人間もいる。ゴーン氏は精神力が強いからそんなことはないと思うが、1カ月以上も外国の刑務所という特殊な環境におかれていることを考えると……」と、“精神的拷問”への危惧を口にする。
さらに、「日本は幸か不幸かEU(欧州連合)加盟国ではないので、欧州人権裁判所に告訴されることはないが、EUなら“人権”問題が浮上するのは確実だ。テロリストでも連続殺人犯でも小児性愛者でも連続レイプ犯でもなければ、1カ月以上も拘束する例は多くないはずだ」とも指摘した。
フランス共和国は国民国家である。つまり、国家と国民は無数の契約で結ばれているという考えが根底にある。別の言い方をすれば、国家は国民の一人ひとりを保護する義務があるということだ。フランス国民が、とりわけ外国で窮状に陥った時には、救出する義務があるのだ。
ゴーン氏がVIP(最重要人物)であるとか、ルノーが旧国営企業で、現在もルノー株の15%をフランスが所有する看板企業であるといったことへの配慮がまったくないとは言わないが、たとえば無名の人であれ、フランスからみて外国で不当に長期拘留されていたら、動く国なのだ。
繰り返すが、フランスは国民国家だ。いざという時は国家が助けてくれると、国民は考えている。「黄色いベスト」を着た人たちが三色旗を振りながらデモを繰り返すのも、国家が自分たちを救済するのは当然だという、「親方日の丸」ならぬ「親方三色旗」の考えが強いからに他ならない。
地震の経験がほぼ皆無のフランスだが、南仏にはわずかに地震帯がある。ニースで地震が発生した際、慌てふためいた市民たちが殺到したのは警察署だった。警察は国家権力の象徴。いわば国家そのものだ。国家=警察が自然災害から自分たちを救済してくれると信じての行動だった。これこそが、フランスの国家と国民との関係だ。
そんな大事な年に、日仏関係を冷え込ませる(と、フランス側は少なくとも考えている)事件を抱え、それが何らかの影を落とさないかと気をもんでいる。日本政府が「司法の独立」を盾に平然と構えていることに対し、驚きを隠せない様子だ。マクロン大統領は先日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれたG20の際、安倍晋三首相にこの問題の善処を要請したが、日本側は安倍首相が取り合わない態度をよし、としている。
ところで、ゴーン氏とマクロン大統領の関係はなにかと因縁がある。
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