松下秀雄(まつした・ひでお) 朝日新聞編集委員(政治担当)
1964年、大阪生まれ。89年、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸、与党、野党、外務省、財務省などを担当し、デスクや論説委員を経て2014年4月から編集委員。17年秋までコラム「政治断簡」の執筆者の1人を務めた。現在は、主に憲法改正国民投票に関する取材や準備に携わっている。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
国民投票をとことん考える・上
まず、あるたとえ話を紹介しよう。
学校で、遠足のしおりをつくるとする。そこには「水筒」持参の可否を書くべきだろうか。それとも、書くべきは中身の「飲みもの」だろうか。読者のみなさまは、どうお考えだろう?
このたとえ話を聞いたのは4月、朝日新聞労働組合東京支部が催した講演会でだ。木村草太・首都大学東京教授が示した答えは「飲みもの」だった。「水筒持参可」と書いても、中に入れていいのは水だけか、ジュースやお酒でもいいのか、何も入れてはいけないのかがわからない。それでは意味あるルールにならないからだ。
木村教授はこう指摘した。
「憲法9条に自衛隊だけ書くのは、遠足のしおりに『水筒を持ってきていい』と書くようなもの。ちゃんと中身を書かないと、意味ある改正にはならない」
「水筒」とは自衛隊。中身の「飲みもの」とは、専守防衛に徹するのか踏みだすのかといった、自衛隊の活動内容のことだ。
たとえ話を勝手に補足すれば、いまはこんな状況だろう。
ある学校では、遠足に水筒を持参するのがあたりまえになっていて、最近、職員会議で水筒に入れる飲みもののルールを緩めたばかり。それなのに校長が「水筒持参の是非」を全校投票に諮りたいと言いだした……。
9条を変えたいのなら、2014年に集団的自衛権の行使に道を開く時に試みるべきだった。改憲が発議されれば国民投票が行われ、私たちの手でその是非を決めることができた。ところが首相は、この重い決定を憲法解釈変更でしのぎ、憲法に自衛隊を明記するかどうかを国民に問おうとしている。これではまるで「飲みもの」を勝手に変えた後に、「水筒」を問うようなものではないか。
首相の方針をもとに、自民党憲法改正推進本部がまとめた9条改憲案をみれば、「必要な自衛の措置をとることを妨げず」と記す一方、その自衛の措置とは何かを書いていない。これでは活動内容がどこまで広がるのかがわからない。
これだと、「大事なことは政治が決める。国民に諮るつもりはない」という意思の表れとみるしかない。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?