国民投票をとことん考える(下)
2018年12月29日
「憲法改正を決めるのは主権者」はほんとうか? 国民投票をとことん考える・上
「憲法改正を決めるのは主権者」はほんとうか?国民投票をとことん考える・上」に引き続き、国民投票のあり方について論じたい。自民党が国会に改憲案を提示しようと急いでいるのに対して、野党はまず、改憲の是非を問う国民投票の際のテレビCM規制について議論すべきだと唱えている。来年の通常国会でも、このCM規制が論点になるだろう。
ただ、CMだけにフォーカスを絞ると、全体の構造がみえなくなる。CMを含め、国民投票運動のあり方を俯瞰(ふかん)して考えるなら、問われているのはこういうことではないか。
私たちはどこまで自由に運動するべきか? 「意見をお金で買う」ことは、自由のうちに入るのだろうか?
国会が改憲案を発議し、国民投票が行われると決まった時、あなたは何をするだろうか。ちょっと想像してみてほしい。
仮に、自民党が検討している4項目がすべて発議されたとしよう。9条への自衛隊明記、緊急事態条項、教育無償化、参院選の合区解消がその4つである。
私たちは、それぞれの項目について、判断をくだすことを求められる。これがなかなか難しい。合区解消のための条文変更の利点と欠点を知り、だから良いとか悪いとか、判断がついている人がどれほどいるだろうか。
たぶん多くの人が、判断材料を集めようとする。テレビや新聞、ネットに目を凝らすことも、家族や友人と意見を交わしながら考えることもあるだろう。考えが固まれば「こっちに投票しようよ」というかもしれない。
特定の投票行動を誘えば、それは国民投票運動だ。つまり、改憲案の是非を考えることと運動することはつながっていて、私もあなたも運動の当事者になりうるということだ。
政治家たちはそう心配し、買収も、組織的に数多くの人を買収するのでなければ罪に問わないことにした。お金の力で意見が曲げられるおそれより、自由に意見を交わせる利点のほうが大きいと判断したのだ。
このように、国民投票には運動規制が少ない。これに対し、選挙運動はがんじがらめだ。たとえば候補の名を記したビラには枚数制限があり、勝手にプリントアウトして配ることはできない。選挙ではもっぱら政党や候補、その運動員が運動を担うことを想定しており、近年、解禁されたネット選挙運動をのぞいて、一般の人はかかわりにくい仕組みになっている。
スポーツ競技にたとえるなら、選挙は、国民が観客席にいて、政党や候補による競技(運動)を観戦するイメージだ。一方、国民投票は、国民もグラウンドに降りていき、いっしょに競技に参加できるというイメージで制度が設計されている。
私見をいうなら、選挙の時だって競技に加われるようにすべきだと思う。日本くらい、がんじがらめのルールを持つ国はめずらしい。問題はむしろ、公職選挙法のあり方にある。
しかし、国民投票のあり方にも課題がある。そのひとつがテレビCMだ。
国民投票法は投票日の14日前から有料CMを流すのを禁じているが、それまでは自由。とはいえCMはとても高額で、政党交付金を受け取る政党や、よほどの金持ちでなければ出すのは難しい。
グラウンドへの扉は開かれ、観客席から降りていけるといっても、ボールやバットを持っているのは政党か、高い料金を払ってそれを買える金持ちだけ。CM問題をたとえるなら、そんな感じだろうか。
資源をどちらがより多く持っているのかといえば、まず間違いなく改憲賛成派だ。なぜなら、改憲が発議される時は、賛成派が衆参両院の3分の2以上を占めている。つまり、政党交付金をそれだけ多く受け取っているわけだ。賛成派は、国民の税金も使いながら、数多くのCMを出すことになるだろう。
対照的に、反対派の台所は苦しい。政党が多少のCMを出すほかは、あまり資金がなくてもできる手作りの運動が中心になるのではないか。2015年の大阪都構想の住民投票の際、反対運動に携わった市民の話を聞くと、サウンドデモとか、短い動画を自分で撮ってSNSにアップするといった運動をしていたそうだ。そんな運動になるのかもしれない。
これって公平といえるだろうか?
国民がしっかり考え、主権者として判断をくだすには、国会の議席比にかかわらず、賛否両派の声が耳に届く環境が要る。資金を持つ側も持たない側も、一定の運動を保障する仕組みを整えるべきではないのか?
たとえば英国では、国民投票をする際には、政治家や市民が政党の枠組みを超えて集まり、運動団体をつくる。政府から独立した選挙委員会は、幅広い人たちが参加して賛否の立場を代表できる団体をそれぞれひとつ指定する。その指定団体を対象に、運動費用(上限60万ポンド=約8400万円)や無料放送枠の提供、公的集会場の無償利用、リーフレットの無償郵送といった公費助成を行っている。それに似た制度を、日本にも設けてはどうだろうか。
選挙の時に目にするのは、実は「選挙CM」ではない。公選法は政見放送などを除いて選挙運動のための放送を禁じているため、政党は日常の政治活動という建前で「政党CM」を流す。このため、そこで「私たちに投票を」と呼びかけることはできないし、候補者で出演できるのは基本的に党首級のみになる。過去には、人気の高い小泉進次郎氏を起用した自民党のCMの放映を、多くの放送局が断ったこともあった。
国民投票運動では、そうした制約がない。どんなCMが登場するか、
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