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「美しすぎる」ポクロンスカヤ議員のハイプ的行動

大野正美 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

下院議員に当選し、初招集された議場で=2016年10月5日下院議員に当選し、初招集された議場でのポクロンスカヤさん=2016年10月5日、ロシア大統領府ホームページから

 保守色が強いロシアの政治的土壌にあって、女性の政界への進出はそれほど歓迎されているとはいえない。

 今年3月の大統領選挙の半年前にあたる2017年10月の世論調査では、国家の各種最上級ポストに女性が男性と並んで就くことに、賛成は約60%とそれなりの支持を集めた。

 ところが、「今後10~15年の間に女性大統領の誕生を望むか」との質問に、賛成は34%に過ぎなかった。反対は53%にのぼった。

 「女性の大統領になりうるのは誰か」との質問には、マトビエンコ上院議長との答えが一番多く、6.1%だった。以下はいずれも1%前後と、支持は極めて低かった。

 注目すべきなのは、前稿で紹介した元「美しすぎる検事」ナタリア・ポクロンスカヤ下院議員が、人気テレビキャスター出身で3月の大統領選挙で4位となったクセニア・サプチャークさんと並んで0.4%の支持を受け、4位に入ったことだ。

 サプチャークさんがロシア改革派のかつての指導者アナトリー・サプチャーク元サンクトペテルブルク市長の娘であるように、ポクロンスカヤさん以外はいずれもエリツィン前大統領時代の1990年代からの活動歴を持ち、全国に広く顔が知られる存在だ。2014年の「クリミアの春」で初めて全国的な知名度を得て、16年秋に下院議員になったポクロンスカヤさんがすでにこうした女性たちと並ぶ位地にあることは、女性にとって有利とはいえないロシア政界への急速な進出ぶりを象徴する。

 その人気ぶりは、同じ17年秋に行われた「メディアの言及が多かった下院議員」の調査結果によく示されている。ここでポクロンスカヤさんは堂々の1位となった。

 ロシア紙ベドモスチが伝えた調査結果によると、17年秋の下院会期中、メディアによるポクロンスカヤさんへの言及は4万1153件と、元大統領府第1副長官で政権与党「統一ロシア」の重鎮であるボロージン下院議長の3万8272件を大きく引き離した。3、4位で続いたロシア政治の長老ジリノフスキー自由民主党党首、ジュガーノフ共産党委員長も、言及件数でははるかにポクロンスカヤさんに及ばない。

「ハイプ」な政治家

検事の正装姿の近影検事の正装姿=ポクロンスカヤさん提供
 ロシアでは、こうしたポクロンスカヤさんの政治活動の特質がしばしば「HYIP(ハイプ)」という投資用語で説明されている。日本語では「高収益投資プログラム」だ。預金ではないため投資した資金の保証はなく、運営サイトの業績悪化で突然消えることもあってリスクはとても高い。その半面、高配当利回りなので、うまくいけば極めて大きな利益が期待できる。

 確かに、映画『マチルダ 禁断の恋』に対するポクロンスカヤさんの活動(前稿参照)は、ロシアの社会一般から強い支持を得たわけではない。ロシアでの映画の封切りに合わせて2017年10月下旬に実施された世論調査では、「正教の信者の感情を侮辱するため、映画の上映を禁止するべきだ」との主張を支持したのは17%に過ぎず、反対が48%を占めた。

 しかし、結果的にポクロンスカヤさんはメディアに最も言及される下院議員という地位を手に入れた。自身は政党としての「統一ロシア」の党員ではなく、無所属のままで下院の「統一ロシア」会派に所属している。下院に転身後はあまり注目されることがなかっただけに、『マチルダ』での行動は、まさにハイ・リスク、ハイ・リターンの「ハイプ」といえる。

 このポクロンスカヤさんのハイプ的資質を、政治評論家のスタニスラフ・ベルコフスキー氏は自由ラジオで、「自分が無条件に信じることだけを話している。非常に一貫して自らの道を歩んでいる。その意味で彼女は本物であり、フェイクではない」と説明する。

 今回のインタビューで『マチルダ』に対する上映反対運動を振り返るポクロンスカヤさんは、今もなお意気盛んだ。

ニコライ2世の肖像を手に、皇帝一家殺害の地ウラル地方エカテリンブルクで追悼の行進に参加したポクロンスカヤさん(中)=2017年7月、ロシア正教会エカテリンブルク教区主教座撮影ニコライ2世の肖像を手に、皇帝一家殺害の地ウラル地方エカテリンブルクで追悼の行進に参加したポクロンスカヤさん(中)=2017年7月 撮影・ロシア正教会エカテリンブルク教区主教座
 「国からこの映画に大きな補助金が出ています。これは税金です。これだけの金額を使えば年金生活者の問題を部分的に解決できます。なぜ私は反対してきたのか。映画は『国民映画』と名乗っていたのです。歴史的なブロックバスターだと。それなら歴史的な事実に基づかなければなりません。歴史家と正教会の同意を受けていなければなりません。なぜなら、私たちにとって神聖なものを具象化しているからです。『マチルダ』をつくったアレクセイ・ウチーチェリ監督が自分のお金で撮ればかまわなかったのですが、国民映画でも歴史的ブロックバスターでもないのに、国のお金が入っているのです」

 「それなら歴史的な事実の範疇に収まらなければならない。お金は盗まれたのです。製作した監督らのお金の使い方に対する監視や問い合わせを通じ、私たちの指摘した事実は裏づけられています。そのほか映画の精神的な部分に関して言えば、皇帝、つまり神聖で世界で最も大きな強国であるロシア帝国の第一人者を、ドイツから招いた俳優が演じました。彼は悪魔崇拝を演じたことで有名です」

インタビューに答える「マチルダ」のウチーチェリ監督=今年7月、大野正美撮影インタビューに答える『マチルダ 禁断の恋』のウチーチェリ監督=2018年7月 撮影・筆者
 記者の方から「東京でウチーチェリ監督に会いましたが、彼は『映画はニコライ2世の別な人間的な側面を描こうとした。国家からのお金はたいへん少ない。映画をつくる時にいつも国家から出る額くらいで、標準並みだ』と言っていました」と聞いてみた。
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