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日米両首脳の極秘書簡から⾒える核抑⽌の虚実

中曽根からレーガンへ「同盟の根幹に影響」。警告の意味を考える

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

「アジアに不公平との印象」

 どういうことか。それは、同じファイルにあった別の極秘指定文書に詳しく書かれていた。

 中曽根書簡と同じ86年2月10日付で、今の安倍晋三首相の父・安倍晋太郎外相から松永信雄駐米大使に発した「INF交渉訓令」だ。レーガン提案の「深刻な問題点」を「米政府ハイレベルに至急伝達」するよう求めており、中曽根書簡にある「懸念」を生々しく敷衍(ふえん)している。

 そこには、レーガン提案を日本国民がいかに否定的に受け止めかねないかが縷々(るる)説かれている。

 「欧州ゼロ、アジア5割削減という米案は、アジアが不公平に扱われたとの印象を一般国民に与えることはまず不可避である」
 「米国が(西欧の同盟国と構成する)NATOを優先したという議論に、国民世論が納得するような形で効果的に反論することは不可能に近い」

駐米大使への極秘訓令の中身

1986年にINF交渉について訓令を発した頃の安倍晋太郎外相と、受けた松永信雄駐米大使=朝日新聞拡大1986年にINF交渉について訓令を発した頃の安倍晋太郎外相と、受けた松永信雄駐米大使=朝日新聞
 そして、安倍外相から松永大使への訓令は核心に踏み込む。日本政府が国民に「守り神」のように説明してきた「核の傘」を支えるのは、「漠然とした信頼感」に過ぎないという趣旨を、米政府に伝えろというのだ。

 「他の二国間に例を見ない緊密な日米友好関係は、核の傘を含む米国の抑止力が平時から日本の安全を確保してくれているとの心理的安心感の上に成り立っている。その背景には、日本国民の米国に対する一般的信頼感に加え、これまでアジアにおける核戦力バランスの問題が公に議論されたことがほとんどないという事実の上に立った、米国の核抑止力に対する漠然とした信頼感がある」

 そして、レーガン提案がもたらす、日米両政府にとって忌まわしい事態を警告する。

 「アジアにおける米ソの核戦力が独立して詳細に論ぜられることは、本来理論的に説明することの難しい同盟国をカバーする米国の核抑止力(extended deterrence)の信頼性を(日本)国民に納得させなければならないという、極めて困難な政治的課題に日米両政府が直面せざるを得ない状況を招くことになると懸念される」

 中曽根書簡で松永大使から米政府に示させるとして触れられた「具体的提案」も、訓令に記されている。「ソ連に認めようとしているSS20基数Xをグローバル枠としてソ連側に提案し、対外的にも説明する」「(配備先を)ソ連中央部と呼称することも考えられよう。そうすることにより、このSS20が西欧向けか、アジアの同盟国向けか、中国向けかのいずれとも考えられる」

 とにかく国内世論を刺激するから、ソ連がアジアに核兵器であるINFを残すことを露骨に認めるような妥協はやめてくれ――。そんな中曽根書簡と松永大使の要請に、レーガン氏は12日後の1986年2月22日、中曽根氏への書簡で理解を示す。米ソは曲折を経た交渉の末、87年に双方のINFを地域に関係なく全廃する条約に調印、88年に発効した。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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