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中島岳志の「自民党を読む」(5)岸田文雄

当たり障りのないことを言う天才。何をしたいのかが極めて不明瞭。本当にリベラルか?

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

自民党の都道府県議会議員研修会で安倍晋三首相と乾杯する岸田文雄政調会長(左)=2018年4月20日、東京都港区

敵を作らず地位獲得。何をしたいのか不明瞭

 安倍内閣では外務大臣を長期間つとめ、総理候補として名前が挙がる岸田文雄さん。2018年には自民党総裁選へ意欲を見せましたが、最終的に出馬を断念しました。

 総裁選投票後は、記者に向けて「私もチャンスがあれば挑戦したい」と語っており、総理を目指す意思は強くあるようです。

 そこで、岸田さんの理念や思想、ヴィジョンを分析したいと思うのですが、これがなかなか難しい。というのは、岸田さんは一冊も著書を出しておらず、自らの考えをアピールすることに消極的な政治家なのです。

 岸田さんはその時々の権力者に合わせ、巧みに衝突を避けてきた政治家です。はっきりとしたヴィジョンを示さないことによって敵を作らず、有力な地位を獲得してきた順応型で、よく言えば堅実、冷静。しかし、この国をどのような方向に導きたいのかよくわからず、何をしたいのかが極めて不明瞭な政治家です。

 とにかく、当たり障りのないことを言う天才。発言に対して強い反発が起こらない代わりに、政策やヴィジョンに対する強い共感も広がっていません。

 宏池会のエースというリベラルなイメージが先行していますが、具体的な政策提言に反映されておらず、本当にリベラルなのかどうかも定かではありません。

 積極的に評価をすれば、優れたバランス感覚をもった現実主義の政治家。極端を避ける冷静さと慎重さ有しているといえるでしょう。ただし、どのような社会を作っていきたいのかという肝心のヴィジョンが見えないため、この人に日本のかじ取りを任せたとき、いかなる政策が展開されるのかが見通せません。

 これを「安定感」とみるべきか、信念なき日和見主義とみるべきなのか。平衡感覚の優れた政治家とみるべきなのか、単に流されやすい政治家とみるべきなのか――。ここを見極めることが、岸田文雄という政治家を評価する際のポイントになるでしょう。

 ちなみに、岸田さん本人は、自分のスタンスを宏池会の伝統とからめて、次のように言っています。

 政治的スローガン、イデオロギーに振りまわされるのではなく、国民の声を聞きながら、極めて現実的な対応をしていくというのが宏池会で、それが保守本流の基本的なスタンスだと思っています(「独占:岸田文雄外相インタビュー」『週刊朝日』2016年6月24日)

 一方、ある外務官僚は言います。「政策の飲み込みも早く答弁にもそつがないが、安倍首相や菅義偉官房長官の意向を素直に受け入れてしまう。外務大臣としてプライドがなく、省内では“スーパー政府委員”と揶揄されている」(『THEMIS』2015年12月号)。

 さて、岸田文雄の本質はどっちなのか。

安倍首相には従順、福田首相には共感

 岸田さんは1957年生まれ。祖父・正記と父・文武はともに衆議院議員という政治家一家に生をうけました。

 岸田さんが6歳のとき、政治家になる前の父がアメリカに駐在することになり、ニューヨークのパブリックスクールに通うことになりました。そこでの人種差別体験が、政治家を志すきっかけになったといいます。とにかくおかしいと思ったことには声を上げなければいけない。「政治というものを通じて正していかなければならない」(「山本一太の直滑降ストリーム ゲスト:岸田文雄・外務大臣」2014年1月20日)。そう考えたといいます。

 その後、二度の大学受験失敗を経て、早稲田大学に入学します。卒業後は、日本長期信用銀行に入社。約5年の勤務ののち、衆議院議員になっていた父の秘書となります。その父が1992年に65歳で他界。岸田さんは後を継ぎ、1993年夏の衆議院選挙で初当選しました。この時の初当選組に、安倍晋三さんや野田聖子さんなどがいます。

森喜朗内閣不信任案に賛成票を投じると発言した加藤紘一自民党元幹事長は、反主流派の合同総会に出席した議員から押しとどめられ、涙を浮かべた=2000年11月20日、東京都港区
 宏池会に所属した岸田さんにとって最大の難関となったのが、2000年に起きた「加藤の乱」でした。宏池会を率いる加藤紘一さんが森喜朗内閣を批判し、野党が提出した内閣不信任案に同調する意向を示した騒動ですが、当初、岸田さんは不信任決議に賛成票を投じる決心を固め、自民党からの除名処分を覚悟したといいます。

 しかし、党幹部のなりふり構わない切り崩しによって宏池会はバラバラになり、加藤さんも本会議欠席にとどまったことから、岸田さんも共同歩調をとります。反乱失敗によって加藤さんは自民党内での地位を失い、総理候補からも外れることになります。その後、宏池会は分裂。岸田さんは加藤さんのもとを去り、堀内派に所属しました。

 岸田さんは順調に出世し、小泉内閣では文部科学副大臣に任命されました。岸田さん以上に小泉内閣で台頭したのが、同期の安倍晋三さんです。北朝鮮の拉致問題で強硬な姿勢をとり世論の支持を獲得すると、2003年には幹事長に抜擢され、次期総理大臣候補にのし上がりました。

 2004年4月に岸田さんの選挙区・広島のシンポジウムに迎えられた安倍さんは、文部科学副大臣として活躍した岸田さんを「『スーパー副大臣』と呼ばれていました」と称賛。二人の蜜月関係をアピールしています(「大臣も見えてきた岸田文雄衆議院議員」『ビジネス界』24巻4号、2004年5月)。

 2006年に首相の座を射止めた安倍さんは、翌2007年、第1次安倍改造内閣で岸田さんを内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、規制改革、国民生活、再チャレンジ、科学技術政策)に任命。岸田さんにとって、これが念願の初入閣となりました。

 岸田さんは、思想的には異なる立場の安倍さんに対して、従順な態度を貫きます。首相に就任して数か月後の安倍さんを手放しで絶賛し、「非常にバランス感覚の優れた方で、極めて安定していた」と述べています(『中国新聞』2006年12月20日)。

 一方、安倍内閣が崩壊し、続く福田康夫内閣でも内閣府特命担当大臣に任命されると、今度は「『ハト派』色の強い福田内閣は共鳴する部分も多い」とコメントし、福田首相の考え方にシンパシーを示しました(「広島の顔 岸田文雄さん」『ヴェンディ広島』2007年12月1日)。

 民主党政権時代に野党生活を経験した後、第二次安倍内閣では外務大臣に就任し、専任としては歴代最長を記録します。そして、2017年8月には自民党の政調会長に就任し、現在に至ります。安倍首相とは考え方の相違はあるものの、現実的な対応が重要と述べ(「オバマ広島訪問に期待する」『文藝春秋』2016年6月)、従順な態度をとっています。このそつのなさが、岸田さんの安定した地位の基礎となってきたといえるでしょう。

自己責任か、セーフティネット強化か、一貫として鮮明にせず

 さて、そろそろ岸田さんの思想やヴィジョンに迫っていきたいと思います。ただし、前述のとおり、岸田さんにはまとまった著作がありません。そのため様々な新聞・雑誌に掲載されたインタビュー記事をかき集め、岸田さんの考えの骨子をつかんでいくことにします。

自民党役員会後の記者会見に臨む岸田文雄政調会長=2018年10月2日、東京・永田町
 まずは、再配分をめぐる基本姿勢を見ていきましょう。岸田さんは「自己責任」型なのか、「セーフティネット強化」型なのか。

 岸田さんは、第二次小渕内閣と森内閣で建設政務次官を務めています。旧建設省といえば公共工事。ちょうどこの頃は、公共工事関係費が一気に減少する直前の時期にあたっており、メディアでも「公共工事=税金の無駄遣い」という批判的な報道が繰り返されていました。

 この時期に、岸田さんはどのような発言をしていたのか。

 基本的に岸田さんは、公共工事を目の敵にするような論調はとっていません。「まだまだ公共工事等で(景気回復を―引用者)下支えしていかなければいけない」と述べ、インフラなどの社会基盤を整えるための努力が引き続き重要であるという認識を示しています(「岸田建設政務次官インタビュー」『建設月報』52巻12号、1999年12月)。

 しかし、手放しで公共工事を礼賛しているわけでもありません。建設業界の重要な部分を育成・存続させていくためには「ある程度の合理化、効率化は当然考えなければいけない」とし、次のように述べています。

 やはり選別淘汰は必要になってくるでしょうね。そのときに、やる気のある、力のある企業が選別淘汰の中で生き残っていけるような市場なり、土壌、雰囲気をつくっていかなければならない。その辺が建設省の役割なのではないでしょうか。(「第13回この人に聞きたい―岸田文雄」『土木施工』41巻8号(528号)、2000年6月)

 この部分を読むと、市場原理に基づいて建設業界に「選別淘汰」を迫る新自由主義者のように見えますが、一方で「現実にそこで人間が生きている以上は、ソフトランディングを心がけなければいけません」とブレーキを踏んでいます。このあたりが岸田さんの特徴で、よく言えばバランスが取れているということになりますが、厳しい言い方をすれば、目指すべき方向性をはっきりと示すことができていないということになるでしょう。

 このような「どっちつかず」の立場は、そのあとも続きます。自己責任型のリスクの個人化が進んだ小泉政権期には、次のように述べています。

 無駄は省かなければならない。しかし、効率のみを追求するのはいかがだろうか(『週刊社会保障』2383号、2006年5月29日)
 制度全体の持続可能性と国民一人ひとりの利害とのバランスをとりながら、改革を進めていくという難しい課題に直面しています。…机の上で数字だけをみて考えるような冷たい政治ではなく、人間の温かさを忘れない政治を続けたいですね(『週刊社会保障』2372号、2006年3月6日)

 小泉政権は強く支持する。小泉構造改革も推進する。しかし、行き過ぎた格差社会の拡大には待ったをかけなければならない。そんな葛藤が見られます。

 岸田さんの選挙区は広島1区で、自動車産業の強い地域でもあるため、自動車業界からのFTA・EPA推進圧力を受けてきたようですが、日刊自動車新聞社が刊行する業界雑誌のインタビューでは次のように述べています。

 自動車は農業と共に日本として重視していかなければならない産業だが、農業との関係も含めてその舵取りにはなかなか難しい面もあるかなと感じている(「’07新春インタビュー」『Mobi21』40号、2007年)

 ここでも答えは煮え切りません。インタビュアーが食い下がり「FTAは、アジア地域でとくに中国に比べて乗り遅れている観が否めない」と迫ると、「最後はトータルとしての総合力、国益としてどうあるべきかという視点が必要になってくるのではないか」と答え、最終的には「バランスの問題」と述べています。

 一方、第二次安倍内閣の外務大臣時代には、首相がTPPを推進したため、その方針に従い、各国への積極的働きかけを行いました。雑誌『外交』では、TPPに結実したルールこそ「21世紀の世界のスタンダードになっていくことが期待されます」と述べ、自由貿易の促進に努めるべきことを訴えています(「巻頭インタビュー・外務大臣岸田文雄:「変化の年」を展望する」『外交』41号、2017年1月)。

 とにかく明確なスタンスを打ち出すことはせず、その時々の政権の方針に柔軟に対応し行動するという姿勢は一貫しています。だから、岸田さん自身の理念が見えづらい。岸田さんが首相になったら、「リスクの個人化」をめざすのか、「リスクの社会化」を目指すのか、やはりよくわかりません。

 ちなみに財政再建については一貫して積極的で、2017年の衆議院選挙の際に行われた「朝日・東大谷口研究室共同調査」では、「A:国債は安定的に消化されており、財政赤字を心配する必要はない」「B:財政赤字は危機的水準であるので、国債発行を抑制すべきだ」の二択の問いに対して「どちらかと言えばBに近い」と答えています。

 近年、政調会長として強調しているのは、自民党が2017年の衆議院選挙で掲げた「生産性革命」と「人づくり革命」の推進です。「生産性革命」は、イノベーションや税制改革、規制緩和を進めていくという方針で、「人づくり革命」は、子育て、介護、教育を重点的に支援することで将来への不安を軽減しようとするものです。財源は消費税の増税。安倍首相が示した10%への消費税増税にも賛成です。これらの議論も近年の自民党の方針を継承したもので、岸田さんならでの特徴は見受けられません。

原発は一貫として推進

 原発政策ですが、これは一貫して推進の立場をとっています。東日本大震災前の2008年には、『日本原子力学会誌』で次のように述べています。

 原子力発電は、エネルギー安定供給の確保に貢献できるとともに、二酸化炭素を発電過程で排出せず、ライフサイクル全体で比較しても、単位発電当たりの排出量が石油火力の3%弱であり、地球温暖化対策としても有効な手段です(「巻頭言:温暖化対策に大きな役割を果たす原子力利用の国際展開」『日本原子力学会誌』50巻7号、2008年)

 3・11による福島第一原発の事故後も、原発再稼働に積極的な立場を堅持しています。2017年の「朝日・東大谷口研究室共同調査」でも、「原子力規制委員会の審査に合格した原子力発電所は運転を再開すべきだ」という設問に、「どちらかと言えば賛成」と答えており、「A:いますぐ原子力発電を廃止すべきだ」「B:将来も原子力発電は電力源のひとつとして保つべきだ」という二択の設問にも、「どちらかと言えばBに近い」と答えています。

憲法論はブレる

 憲法についてはどうでしょう。

 岸田さんは、2015年10月5日に派閥の研修会で、次のように述べたと報じられました。

 宏池会は憲法に愛着を持っている。当面、憲法9条自体は改正することを考えない。これが私たちの立場ではないかと思っている。(『THEMIS』2015年12月号)

 しかし、この発言がニュースとして配信されると、憲法改正を目指す安倍首相が「激怒」したと伝えられ、岸田さんは一転、「憲法は重要だが、時代の変化に対応することも必要」と述べました(『THEMIS』2015年12月号)。

 以降、改憲については「時代の変化にも対応してよりいいものに変えていこうというスタンス」(『週刊朝日』2016年6月24日)と説明し、安倍首相の示す改憲案に異を唱えることはしていません。

 『週刊文春』での阿川佐和子さんとの対談では、次のようなやりとりがなされています。

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