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シャットダウンの米国で考えた移民とこの国のこと

トランプ政権のシャットダウンは移民の国アメリカのアイデンティティにつながる問題だ

山本章子 琉球大学准教授

トランプ米大統領。メキシコとの国境の壁の建設費が認められるまでシャットダウンを続けるという。トランプ米大統領。メキシコとの国境の壁の建設費が認められるまでシャットダウンを続けるという。

ダレス空港の異様な光景

 2018年12月25日朝。アメリカ合衆国の首都ワシントンDCの玄関口、ダレス国際空港は閑散としていた。常に人々の長蛇の列と熱気であふれかえる、入国審査のフロアに人がほとんどいない。異様な光景だった。

 いつもなら、成田空港から約11時間のフライトの後、疲労と睡魔をもてあましながら最低でも1時間、8~9月なら2時間は入国審査を立って待つ。順番が来ると、入国の目的や滞在期間、滞在先の住所、所持金の額、商談の有無などを入念に聞かれる。場合によっては、個別の荷物検査を課され、下着や生理ナプキンの入ったポーチまで開けて中身を出される。顔写真と10本の指の指紋も撮影される。

 それが今回は5分も並ばず、審査も一瞬で終わった。指紋もとられなかった(もっとも、私の前のアジア系男性は指紋をとられていた)。

 アメリカでは、クリスマスは単なる休暇ではなく、家族が集まって家で過ごす大事な日だ。店やレストランはほぼ全部閉まるし、ホテルの従業員も午前中で仕事を終える者が多い。だが、国際空港であるダレスに人がいなかったのは、アメリカ人の家族行事であるクリスマスよりも、外国人に影響の大きい「シャットダウン」(米連邦政府諸機関の一部閉鎖)が原因だろう。

 私の旅行の目的は当初、国立公文書館での史料調査だったが、シャットダウンで国立公文書館が閉館となり、予定を変更せざるをえなかった。全米の58の国立公園などの観光施設も閉鎖され、パスポートやビザの発給業務も止まったことで、シャットダウン中のアメリカへの入国を取り止めた外国人は少なくなかったと推察される。

「シャットダウン」とは

 米連邦政府は、10月1日の会計年度開始に合わせて、議会が年度予算を法律として作成する。大統領は予算権を持たないが、上下両院で通過した予算案を承認するかどうか判断する。大統領が議会の予算案に拒否権を行使した場合、予算は成立しない。年度予算が不成立の場合、議会は短期間の「つなぎ予算」案を作成できるが、大統領がこれも承認しなければシャットダウンが起こる。

 ビル・クリントン政権やバラク・オバマ政権では、民主党の大統領と議会の多数を占める共和党との党派対立が政策対立、ひいては予算の不成立に発展し、シャットダウンが起きた。

 これに対して、2017年1月に発足した共和党のドナルド・トランプ政権は、上下両院の過半数を共和党で占めながら、2018年の間に三度ものシャットダウンを起こした。かつてなかった事態だ。

 予算案の上院通過には、過半数ではなく3分の2以上の賛成が必要となる。議員数でいうと、定員100名のうち60名以上の賛成を要するが、現在の共和党の議席は51にとどまる。主に不法移民政策をめぐって、トランプ大統領の意をくんだ予算案を通したい共和党と、反対する民主党との間で妥協が成立せず、シャットダウンの頻発につながっている。

メキシコ国境の壁建設費をめぐり議会と衝突

移民キャラバンが到着した際、メキシコとの国境検問所のそばの国境の壁の上に鉄条網を設置する米海兵隊員たち=2018年11月20日、サンディエゴ郊外移民キャラバンが到着した際、メキシコとの国境検問所のそばの国境の壁の上に鉄条網を設置する米海兵隊員たち=2018年11月20日、サンディエゴ郊外
 今回のシャットダウンは、2016年の大統領選でトランプが公約に掲げた、不法移民の入国を阻止する名目でメキシコとの国境に壁を建設する費用を、予算案に盛り込むかどうかの攻防によって起きた。

 トランプは選挙中、壁の建設費用を全額メキシコに負担させると主張していた。彼の当選後、メキシコは当然ながらこれを拒否する。そこでトランプは、つなぎ予算案に壁の建設費用50億ドルを盛り込むよう議会に要求したが、民主党は受け入れなかったのだ。

 2018年11月の中間選挙で、上院の共和党議席は52まで増大したが、3分の2に満たないことには変わらない。しかも、下院では民主党が過半数を奪還した。2019年1月3日から始まる新議会は、上下院の多数党が異なる「ねじれ」議会となる。これまで以上に法案が通りにくい状況となることは確実である。

 トランプは壁の建設費用が認められるまでシャットダウンを続けると主張。現状は年明けまで変わらないと見られている。だが、ねじれ議会で状況が好転する可能性はかぎりなく小さい。

シャットダウンをためらわない理由

シャットダウンでも観光客でにぎわう米議会前=2018年12月26日、ワシントンDシャットダウンでも観光客でにぎわう米議会前=2018年12月26日、ワシントンDC。山本章子撮影
 今回のシャットダウンでは、9つの連邦政府機関が閉鎖し、約38万人の政府職員が自宅待機。約42万人以上が無給で働かざるをえなくなった。

 ただし、多くのアメリカ人の日常生活には影響がないようだ。とりわけ、トランプの主な支持層といわれる地方のブルーカラーの白人は、連邦機関やパスポートの必要な海外旅行とは縁遠い者が多い。トランプがシャットダウンをためらわない理由だ。

 オバマ前政権の2013年のシャットダウンでは、ニューヨークの自由の女神像、ワシントンD.C.の議会(議会見学は人気ツアーの一つ)やスミソニアン博物館、ナショナル・ギャラリーなども閉鎖され、観光収入の莫大な損失が生じたと批判された。

 しかし、2018年末のシャットダウンでは、これらの観光施設はクリスマスをのぞいて通常通り営業。クリスマス休暇を利用して全米から訪れた家族が連日、長蛇の列をなしていた。スミソニアンの場合、主な予算は連邦政府の財源から支出されるが、一部は寄付で賄われている。シャットダウン中は寄付金を運営費にあてるという。議会も開いており、私は議会図書館で史料調査を行うことができた。

移民を排斥するトランプのアメリカ

 ところで、今回のアメリカ滞在は、2016年10月にニューヨークを訪れて以来、2年ぶりだった。いまさらながら、オバマ政権期(2009~2017年1月)に空港の店やホテルで働いていた、多くのソマリア人移民の姿を見なくなったことにショックを受けた。ソマリア人は美男美女ぞろいで、明るく話好きで親切だという印象を持っていただけにだ。

 トランプは大統領就任直後、いわゆる「入国禁止令」で、ソマリアを含めたイスラム圏の国々からの入国を制限し、これらの国々の移民・難民6万人弱のビザを無効とした。連邦地裁は入国禁止令を違憲と判断したが、連邦最高裁は逆に2018年6月末に支持する。

 入国禁止令は、イスラム国(IS)などのテロリストの入国阻止を名目としている。だが、2017年12月には、イラクとシリアにおけるIS掃討作戦の勝利が宣言された。その半年後に下された最高裁の判断には、疑問符をつけざるをえない。2018年12月19日には、トランプが米軍のシリア撤退を発表(イラクは駐留継続)。反対するジェームズ・マティス国防長官は辞意を表明した。

 トランプは、テロリストのレッテルをはってイスラム系移民を排斥した。また、シャットダウンを繰り返し、メキシコ人が相当数を占める不法移民を排斥しようとしている。彼の祖父が1885年にドイツから来た移民で、仕事を転々とし、第1次世界大戦中に敵国の人間として差別されながら逝去した歴史を知らないのだろうか。

アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館を訪ねて

 私事で恐縮だが、私にはアメリカに住んで11年になる妹がいる。旅行中、妹とそのパートナーのJ、Jの母親の3人がワシントンD.C.まで会いに来てくれた。J親子はアフリカ系アメリカ人で、Jはジャズミュージシャン、母親は高校の社会科の先生だ。

 J親子に誘われて、2016年9月に開館した、スミソニアンのアフリカ系アメリカ人歴史文化博物館をともに訪ねた。Netflix(アメリカのオンライン映像配信サービス会社)の番組で、この博物館が特集されたこともあり、入館30分待ちの長蛇の列ができていた。

 博物館の歴史展示コーナーは、地下の最下階の奴隷貿易から始まる。南北戦争、ジム=クロウ法、公民権運動と歴史が進むにつれ、上の階に登っていく。薄暗い狭い回廊から、最後は光の差す広い場所に出るように設計されている。展示を締めくくるのは、初のアフリカ系アメリカ人大統領、オバマのスピーチだ。

 膨大な数のイラストや映像に添えられた説明には、両論併記も忖度(そんたく)も存在しない。圧倒的な事実。それがすべてである。

 J親子のルーツは、アフリカ大陸からカリブ海の西インド諸島に売られてきた奴隷だという(アメリカでは、自身のルーツを調べることが盛んだ)。彼らは約4時間かけて歴史展示コーナーを見、祖先の歴史を追体験した。

移民が選んだ国だからこそ

トランプ政権の移民政策に抗議した移民デモ活動に参加した歌手のアリーシャ・キーズさん(壇上右)と女優のアメリカ・フェレーラさん(同左)=2018年6月30日、ワシントン 
トランプ政権の移民政策に抗議した移民デモ活動に参加した歌手のアリーシャ・キーズさん(壇上右)と女優のアメリカ・フェレーラさん(同左)=2018年6月30日、ワシントン
 長く残虐で理不尽な歴史をあらためて知った二人が口にしたのは、「それでも自分たちは、アメリカを祖国として『選び直した』」という言葉だ。
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