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田中均氏が正念場に来た日本外交へ直言する

対立を深める日韓、停滞する日朝、北方領土交渉で揺れ動く日ロ、そして中国との関係…

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

⽥中均・⽇本総研国際戦略研究所理事⻑

厳しい局面に来た日本外交

 今日の日本外交の際立った特色は、いわゆる「仲間」との関係はすこぶる良いが、問題を抱えている国との関係は困難であり続けているという事だ。

 米国、豪州や東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、欧州諸国との関係が良好であるのは外交の成果であるが、これらは基本的に日本とは同じ方向を向いている諸国だ。

 しかし韓国、北朝鮮、中国、ロシアなど近隣諸国との関係は難しい。これら近隣諸国は国の体制や価値観が異なる部分も多く、個別具体的な問題もあり、日本の安全保障という観点からも焦点を当てなければいけない諸国だ。

 外交の本旨は難しい問題を持つ国との関係を打開し、中長期的な平和と安定を達成する事だし、そのために戦略を持たなければならない。

 今日の日本外交がこれら近隣諸国との関係を打開できない一因は、以前にも増して国内のナショナリズム的傾向が強くなっているからだし、国内の支持を得るためには、それに沿う外交をしなければならないというポピュリスト的意識が政府当局にも強まっているからではないか。

 従来は過度なナショナリズムを制する国際協調主義路線が政治でもメディアの世界でも主流だった。ポピュリズムは米欧に特異な現象ではないし、トランプの「アメリカ・ファースト」は決してトランプの専売特許ではなく、日本を含め多くの国で普通に見られる思考形式だ。日本では、例えば 国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退に顕著に表れているし、韓国との関係でも際立っている。

 韓国を弁護するつもりは毛頭ないが、徴用工問題について日本外交のトップが韓国政府の対応を見極める前に韓国大法院(最高裁)の判決を「暴挙」と激しく批判する事で、得られるものは何なのか。

 国内の厳しい反韓感情を代弁し、両国の国民レベルの反感を煽る事にはなっても問題を外交的に解決する事に繋がりはしまい。外交当局は相手との関係を調整する最後の砦であり、最初に国内で打って出る存在ではない。

 韓国海軍の駆逐艦による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題については韓国側の行動は危険で言語道断にしても、通常友好国の間では、まず国防当局間で事実関係の確認を行うのが正しい手順ではないか。防衛機密に属することも公開し、国民の前で論争を行う意味は何か。

 このような国民の相手国に対する反感を煽り続けると結果は国と国との衝突に至るのは容易に想像できる。

日韓は「小渕・金大中共同宣言」の原点へ立ち戻れ

 戦後、日本にとって韓国は李承晩ラインなど種々の問題はあり、文字通り「近くて遠い国」であったことは事実だ。しかし1965年に基本条約が結ばれ国交が正常化されて以降、韓国の国づくりや民主化へ多大の支援を行ってきたのは、やはり戦前日本が朝鮮半島を支配し多くの傷を与えたことへの反省の気持ちがあったからだ。

 韓国は凡そ30年前に民主化し、20年前に先進国の仲間入りをした(1996年に経済協力開発機構(OECD)加盟)訳で、東アジア地域の中で米国の同盟国でもある韓国は日本にとっても得難いパートナーであるはずだ。

 1998年に金大中大統領が訪日し、小渕首相との間で合意発表した日韓共同宣言は過去を乗り越え未来志向の関係を作る決意を示している。その結果、日韓サッカーワールドカップ共催や羽田・金浦シャトル航空便の開始、更なる文化開放など新しいパートナーシップが構築された。

 日韓両国はこの「小渕・金大中共同宣言」の原点に立ち戻るべきではないか。

日韓共同宣言に署名し、握手する小渕首相(右)と金大中大統領=1998年10月8日、東京・元赤坂の迎賓館で

 日本においては戦前日本が朝鮮半島に多大の損害と苦痛を与えたことに真摯に向き合い、未だ民主主義国としても先進国としても若い韓国への思いやりの気持ちを忘れてはならない。韓国も対外政策を世論の流れに任せるのではなく、当事者意識を取り戻さなければなるまい。そして、日韓両国政府間で幾つかの了解を作るべきだ。

 第一に対北朝鮮問題への共同対処や東アジアの安全保障のあり方、自由貿易の一層の拡大など日韓両国の共同利益は大きいという認識の共有であり、それを各々の国内で積極的に発信するべきだ。

 第二に、日韓の重大問題については、公開の論争をする前にまず両国政府間で静かに意思疎通し協議することの確認だ。こうすることにより良好な関係を維持するために不可欠の要素である相互への信頼を徐々に回復していく事が可能となるだろう。

北朝鮮非核化問題、拉致問題を前進させるには

 大きな絵を描かねばなるまい。拉致問題を前進させ解決するためには核問題の前進が不可欠だ。これまでの経験からして、日本の要求がどれほど正当であるにしろ、北朝鮮側に提起するだけでは問題解決に至らないことは明らかだ。拉致問題解決が北朝鮮の利益だという枠組みを作らない限り、北朝鮮のような国は動かない。

 日本の梃子は経済協力であり、強力な米国との同盟関係だ。日本が経済協力を提供できるのは日朝国交正常化の後であり、正常化のためには核問題や拉致問題は解決されていなければならない。そして昨年6月12日の米朝首脳会談で北朝鮮への安全の提供の見返りに完全な非核化が約束されているところ、日本の国益から考えても核問題の進捗の流れの中で拉致問題の前進をはかるというシナリオしか考えられない。

 従って拉致問題の解決のためにも、そして日本の重要な安全保障利益を担保するうえでも非核化を実現することが急務だ。

 今日、米朝間で協議は停滞しているようだ。問題を打開していく鍵は一方では北朝鮮の非核化、一方では終戦宣言、停戦合意を平和協定へ転化する事、そして関係正常化に向けた詳細な段取りを合意する事なのだろう。そのような実務的作業が先行しない限り、二回目の首脳会談は何ら意味がない。

シンガポールで会談するトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=朝鮮中央通信が2018年6月13日に配信

 ただこのような詳細な段取りは米国だけで出来るものではない。非核化について検証のあり方や費用分担、終戦宣言や平和協定の地域安全保障へのインプリケーションなど韓国、日本、中国といった国々との協議が必要となる。

 日本は知恵を出し、能動的に段取り作りに参画し米国を支援していくべきではないか。能動的に作業に参画する事によって初めて日本としての発言権を確保できる。それが北朝鮮に対する梃子にもなる。同時に日本は平壌に連絡事務所を作り、拉致の事実関係の究明を進めていくべきだ。

ロシアとの関係は過去・現在・未来を直視せよ

 日本政府は「新しいアプローチ」に基づく北方領土・平和条約締結交渉を言うが、ロシアが従来から変わったとは全く思えない。それどころかロシアの北方領土に対する姿勢は明らかに後退している。

 今日ロシアは、北方領土は戦争によって合法的に獲得したロシア領土であることを日本側が認めることが前提だと言い、1956年の日ソ共同宣言には平和条約の締結後、歯舞群島及び色丹島については日本に「引き渡す」としか書かれていないので、これは必ずしも日本の領土として返還することを意味しないと主張するに至っている。

 勿論政府は日本の従来の立場を変えていないと説明するし、交渉結果を見て判断すべきものではあるが、表面上は日本が急いで平和条約を結ぶため、ロシアへの譲歩をいとわないと映る。

 いつまでたっても動かない状況を打開することは必要だし、首脳が強い意志を持たない限り大きな外交はできないことも事実だ。

 ただ、だからと言ってこれまで国民にも支持されてきた立場を大きく逸脱することはあってはならない。領土問題は国の主権の核心部分だ。また、近年ロシアの体制がプーチン大統領の下でより専制体制化し、ロシアのウクライナや各国への選挙介入などの行動が強い国際的批判を浴びている時に日本が大きく譲歩する積極的理由は見出しがたい。

ロシアのプーチン大統領(右)との首脳会談に臨む安倍晋三首相=2018年11月14日、シンガポール

 そのうえで考えると、おそらく三つの最低条件がクリアされる必要があるのだろう。

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