ゴーン氏は「フェニキア商人」?労組の突き上げでルノーも窮地に
2019年01月12日
カルロス・ゴーン(64)が東京地裁に勾留理由開示手続きで出廷したニュースはフランスでも大々的に報道された。特に長期刑務所生活を物語る頬のこけたイラストは、主要日刊紙「フィガロ」が一面で掲載したのをはじめ、全メディアが一斉に報道した。その一方で、ゴーンが所得税の申告をオランダで行っていたことなども暴露され、地に堕(お)ちたカリスマの復活は、事実上、困難になりつつある。
ルノー側はまた、解任しない理由として、「ゴーン氏の罪状の詳細が不明」としてきた。しかし、今回の勾留手続き開示により、直接の理由として「海外逃亡の可能性」と「証拠隠滅」のほかに、金融商品取引法違反容疑や特別背任容疑などの内容が詳細に明らかにされたことにより、この理由が成立しなくなった。
くわえてゴーン個人の所得税、及び日産・ルノーの「アライアンス」としての会社組織の税申告地がオランダ・アムステルダムであることが、「リベラシオン」などの仏メディアによって報道された。これを受け、ルメール財務相がルノーに詳細な報告を要請したほか、労働組合が問題視したことで、「ゴーン事件」は本国フランスでも新たな局面を迎えている。
「リベラシオン」が9日の電子版で報じたところによると、ゴーンが所得税の申告地をフランスからオランダ・アムステルダムに変更したのは2012年。日産・ルノーの「アライアンス」は会社組織として、すでに2002年から同地を税申告地にしていたという。
なぜか?
答えは簡単だ。フランスには、高額所得者に対する富裕税(ISF)が存在するが、オランダには存在しないからだ。まさに「フェニキア商人」の血を引くゴーン氏の面目躍如といったところだ。
ただ、オランダで居住者の資格を得るには、一年のうち183日在住する必要がある。日産とルノーの社長を兼務し、日本やフランスなどを飛び回っていたゴーンが、どうやってこの条件を満たしていたのかは謎だが……。
実はゴーンはフランス・レバノン・ブラジルの「三重国籍」を持つ。両親はレバノン人なのでレバノン国籍。生まれたのはブラジルなのでブラジル国籍。高校時代からフランスに留学し、理工科系の最優秀校である理工科学校(ポリテクニック)と同校の上位数人が進学を許可される高等鉱山学校(MINE)を卒業後、フランス国籍を取得した。東京地裁に、駐日フランス大使、レバノン大使、ブラジルの外交官が「同国人保護」の資格で出席したのはそのためだ。
ゴーンが2歳の時に病気になったので、レバノン出身の母親はゴーンが6歳になるとレバノン・ベイルートに引き上げ、フランス系のカトリックの学校に入れた。その後、フランスに留学したゴーンは当初、高等商業専門学校(HEC)を目指していた。「事業で成功した従兄が卒業したから」と、以前インタビューした時、筆者に打ち明けた。HECもエリート校だが、理数科系の成績が抜群だったので、教師がポリテクニックを勧めた、とも言っていた。
ゴーンは東京地裁での人定尋問で、「カルロス・ゴーン・ビシャラ」と祖父のレバノンの名字を入れた正式な本名を名乗った。言ってみれば、ゴーンには「フェニキア商人」の血が脈々と流れているのである。
フェニキア商人は事業の感覚に優れていただけではなく、特に、金融関係で抜群の能力を発揮したとされる。「ロスチャイルドやロックフェラー以上」との評判さえある。言い換えれば、金銭に関して、かなり貪欲(どんよく)である、ということだ。
ところで、ゴーン事件が発生した時点で、フランス当局もゴーンの所得税関係などを調査している。ルメール経済相は即、「問題なし」と発表したが、実際は、税当局が調査した結果、フランスで2012年以降の申告がなかったということに過ぎない。
フランスの場合、富裕税が存在することもあり、高額所所得者が外国に居住地を移住しているケースが多い。大企業のトップをはじめ、スポーツ選手や俳優など枚挙にいとまがない。「フランス人はフランスで税の申告をするべきだ」(ルメール経済相)といった当たり前のことが、今さらながらに主張されているゆえんだ。
さらに、ゴーンにとって厳しいのは、ルノーに対する労働組合の突き上げだ。
フランスの場合、労組は企業単位ではなく、全国単位、職種別で所属する。ルノーの主要労組は、共産党系の労働総同盟(CGT)に加盟している。CGTはかつては「泣く子も黙るCGT」と言われたほど、戦闘力を有していた。
その労組が何度も、書面や口頭で「トップの交代はあるのかないのか」などの質問を経営陣に突き付けており、「いまだに回答がない」(ファビアン・ガシェ ルノーCGT中央代表)と苛立ちを募らせている。労組代表は、所得税問題でも早速、経済省とルノーの経営陣に質問状を送った。
ルノーのもう一つの強力労組、社会党系の「労働者の力」(FO)派も、「事態を明白にする時がきた」(マリエット・リ代表)と指摘している。
さらにルノーの管理職組合(CFE-CGC)も、「ゴーン氏の功罪とは無関係に、日産とのアライアンスを見直す時期だ」(ブルノ・アジエール代表)と述べるなど、各種労組の声が強くなりつつある。
ただ、ルノーの工場では現在、日産の小型車ミクラを年間14万台製造しており、正規、不正規4000人の従業員が働いている。おいそれとは見直せない状況でもある。日産がルノーに対して強気なゆえんでもある。
ルノーは日程的にも、ゴーンの後継者を決める必要に迫られている。2018年度の業績発表が1カ月足らずの2月14日に迫っている。6月12日の株主総会も控えている。いずれもゴーンが毎年、主宰していた。
国民国家・フランスの国家元首として、窮地に陥った自国民を救済する義務のあるマクロン大統領は、相変わらず「黄色いベスト」への対処に追われている。支持率は多少、上向いたが、依然として20%台から脱出できない状態だ。慣例の新年の各団体との賀状交換会も、今年は軍事関係者以外とは行わないことを決めた。
ゴーンの救世主は果たして現れるのか。日本で「生き埋め状態」のまま、放置されてしまうのか……。(文中、敬称略)
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